都立高入試への英語スピーキングテスト(以下、ESAT-J)導入をめぐる問題が、まさに山場を迎えています。この問題について、本連載ではこれまで何度も取り上げてきましたが、わが国の民主主義や子どもたちの将来に関わることから、皆さんにもぜひ最後まで見届けていただきたいと考え、今回も新たな動きを交えて論じたいと思います。
前回(2022年9月)の記事「英語スピーキングテスト問題で都議会紛糾」で、私は「都立高入試へのスピーキングテスト導入問題は、9月都議会の焦点となりました」と書きました。かように22年9月20日から始まった東京都議会は、都立高入試へのESAT-J導入をめぐって人々の予想を上回る大激震に見舞われました。
10月7日の本会議では、立憲民主党と東京維新の会が共同提案した、ESAT-Jの結果を来年度の都立高入試に反映しないよう定める「東京都立高等学校の入学者の選抜方法に関する条例案」が、賛成21人、反対98人の反対多数で否決されました。しかし、採決で知事与党である都民ファーストの会の桐山ひとみ都議、田の上いくこ都議、米川大二郎都議の3人が会派方針に反して賛成票を投じ、賛成の立場を示していた保坂まさひろ都議、もり愛都議は本会議を欠席。条例案に賛成した3人の都議は会派方針に反したとして、その日のうちに党を除名されました。
この出来事は、新聞・テレビ等のメディアで大きく報道されました。小池百合子都知事を支える与党の都議が、党の方針に造反するのは異例なことですし、そのことで「除名」されるという重い処分もインパクトが強かったからでしょう。9月都議会は、その最終日にESAT-Jをめぐる激しい攻防の中で幕を閉じることとなったのです。
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ここに至るまでに、どのような経緯があったのかを振り返ってみましょう。
まず9月7日、都民ファーストの会に所属する都議6名と元都議3名が、東京都教育委員会の浜佳葉子教育長に宛てて要望書を提出しました。そこには、都立高入試へのESAT-J導入は入試の公平性の点で欠陥があり、このままでは入試に導入することが不可能であるとの指摘が明確になされていました。
9月15日には、教育改革などを議論する都の文教委員会が開かれました。この委員会の直前にも大きな事件があり、常任委員だった都民ファーストの会のもり愛都議が、開催前日に同党の山田ひろし都議と交代させられたのです。もり都議は、それまでにESAT-J導入に反対の意思を表明していましたし、前述の要望書にも名を連ねていました。対する山田都議は、ESAT-J導入に賛成の立場です。ですからこの交代劇は、委員会での反対発言を封じ込めることを都民ファーストの会の執行部が狙ったものと推測できます。
同委員会では、事業中止を求める民間団体から提出された「中学校英語スピーキングテスト結果の都立高校入試への活用の延期・見直しに関する請願」が審議され、導入に賛成する自民党・公明党が不採択とし、反対する共産党・立憲民主党が継続審査を求めると、質疑では難色を示していた都民ファーストの会が継続審査に賛同。採決の結果、賛成多数で継続審査となりました。つまり「都議会としては現時点では賛成でも反対でもない」という意思表示をしたところで閉会となったのです。
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こうした膠着(こうちゃく)状況の中で、都教育委員会は9月22日にESAT-Jの活用を含めた都立高入試の実施要綱を公表。同日に行われた定例会でも、反対意見は出されませんでした。
しかし、この都教育委員会の対応には問題があります。9月15日の文教委員会で請願が継続審査となったということは、都議会はESAT-J活用に賛成という意思表示を保留しています。にもかかわらず、ESAT-Jを入試実施要綱に入れてしまうのは、議会の意向を無視していることを意味するからです。
確かに教育行政には、一般行政とは異なる「独立性」「専門性」があるとされています。だからと言って、議会を無視してよいわけではありません。主権者たる都民の意思を示す都議会の意向は尊重し、説明責任を果たすことが重要です。そこを飛ばして「独立性」を盾に施策を推し進めるのであれば、それはもはや教育行政の暴走といえるでしょう。
9月20日、冒頭で紹介した「東京都立高等学校の入学者の選抜方法に関する条例案」を、立憲民主党が都議会の議会運営委員会理事会に提出。この条例案について、都民ファーストの会内でESAT-J導入に反対する都議グループが、共同提案者となることを議会運営委員長に申し入れました。
しかし、この反対派グループの行動も阻まれました。都議会では会議を円滑に進める申し合わせ事項として会派制をとっており、都民ファーストの会はESAT-J導入に賛成する都議が多数を占めるため党全体として賛成会派とみなされ、議会運営委員会から会派の意向に従うよう強いられたのです。しかし、地方自治法では議員による議案提出権限が認められており、会派単位でしか提案者になれないということはありません。運営委員会による「申し合わせ事項」の扱いが、地方自治法よりも上位に来ることには妥当性がありません。
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そうして9月30日、「東京都立高等学校の入学者の選抜方法に関する条例案」が文教委員会で審議されました。同委員会での自民党、公明党、都民ファーストの会の常任委員からの質問や批判は、条例の中身についてではなく、条例案としての形式や教育委員会制度の政治的中立性に関するものに集中しました。
彼らは条例案の提出に対して、「入学試験制度は教育内容にあたり、入学試験について教育委員会の判断を拘束する条例案を制定することは、特定の党派的影響力からの政治的中立性の確保を定めた教育委員会制度の趣旨に反する」と批判しました。さらに公明党の谷村たかひこ都議は、都民ファーストの会の都議が浜教育長に要望書を提出した件を取り上げ、「首長から独立した機関」である教育委員会に対し、都知事が特別顧問をつとめる党の議員が行動を起こしたことも強く批判しました。
しかし、「東京都立高等学校の入学者の選抜方法に関する条例案」は、入試の内容に直接介入する内容ではありません。入試で重要な公平性と平等性を確保するために、ESAT-Jの成績を都立高入試の総合得点から外す制度設計となっています。
また、条例案が出された背景も考える必要があります。ESAT-J導入については、これまで都議会の内外で数多くの疑問が出されてきました。加えて、複数会派から中止を求める要望書、市民からも中止を求める請願や署名、公金支出の不当性を訴える住民監査請求など、多くの反対運動も積み重ねられてきました。そうした状況にもかかわらず、都教育委員会は十分な説明も行わずにESAT-J活用の入試実施要綱を決定しているのです。今回の条例案は、そんな都教育委員会の暴走を食い止めるために出された――という事情を忘れてはいけません。
9月30日の文教委員会は、こうした背景には一切触れることなく、「条例案は政治的中立性に反する」という議論に終始することになりました。そうして10月4日の文教委員会で条例案は否決され、10月7日の本会議を迎えることとなったのです。
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