ある日突然、我が子から「自分はセクシュアルマイノリティだ」と告げられたら、あなたはどんな気持ちになるでしょうか。子どもへの愛は変わらなくても、戸惑い、日常生活が混乱するかもしれません。
2025年1月に刊行された『ノンバイナリー協奏曲 「もう息子と呼ばないで」と告白(カミングアウト)された私の800日』(集英社)の著者でアメリカ在住のアミア・ミラーさんも、そんな体験をしたひとり。アミアさんの場合はお子さんから「自分はノンバイナリーだ」「もう息子と呼ぶのはやめて」と言われて、「ノンバイナリーって何?」「あなたを男の子と思って育ててきたのに」と大混乱に陥ります。必死で子どものことを理解しようと苦闘した日々や当時の想いを「ノンバイナリー当事者の親」や「当事者の周囲にいる方々」に向けて書き下ろしたそうです。
性の多様なあり方が社会に浸透していく時代にあって、「当事者にアライ(Ally。当事者を支援、応援する人)が必要なように、親にもアライが必要」と呼びかけるアミアさんのメッセージをお伝えします。
アミア・ミラーさん
決まった「定義」がない「ノンバイナリー」をどう理解するか
――アミアさんはお子さんのアレックスさんから2回、カミングアウトされたそうですね。最初はアレックスさんが大学生のとき、「自分はバイセクシュアル」、つまり男性にも女性にも性的に惹かれると言われ、その8年後、「バイセクシュアルは変わらないけど、ノンバイナリーでもある。男でもあり女でもあるけど、男でも女でもないので今後は『息子』と呼ばないでほしい」と言われます。まず確認させてほしいのですが、そもそも「ノンバイナリー」とはなんでしょうか。
最初にお断りしておきたいのは、LGBTQ+やノンバイナリーの定義は今もどんどんアップデートされ、変わっていっているということです。私もアメリカの当事者向け団体「PFLAG」のサイトをチェックして、最新情報を学んでいます。さらにノンバイナリーについては、当事者によっても定義が違います。そこが、アレックスの2回目のカミングアウトで私がとても混乱してしまった理由のひとつなのですが、とはいえ、多様な性のあり方を理解する上で前提となる知識はいくつかあると思います。
長い間、性は生まれつきの身体から判断して「男性」「女性」のふたつに分けられてきました。たとえば、アレックスが生まれたとき、男の子の身体だったので、私と夫は何の疑問もなく「男性」で届け出て、「男の子」と思って育ててきました。でも、性はそれだけで決められるものではない、ということが、いつしか言われるようになってきたんですね。
「性のあり方」を「法律上の性(生まれたときに割り当てられた性別をもとに戸籍などに記載された性別)」「性自認(ジェンダー・アイデンティティ。自分の性別をどう認識しているか)」「性的指向(セクシュアル・オリエンテーション。恋愛感情や性的関心がどの性別に向いているか、向いていないか)」「性別表現(ジェンダー・エクスプレッション。服装や髪型、言葉遣い、しぐさなど、自分の性別をどう表現するか)」の4つの要素から整理する考え方があります。これは、性的指向(Sexual Orientation)と性自認(Gender Identity)の頭文字をとってSOGI(ソジ)、あるいはこれに性別表現(Gender Expression)を加えてSOGIE(ソジー)などと呼ばれたりもします。そして、SOGI(SOGIE)は、性的マイノリティだけではなくすべての人の性のあり方に関係しています。
(編集部註:多様な性については「性知識イミダス:性的多様性について知ろう(基礎知識編)」もご参照ください)
アレックスが最初にカミングアウトしてきたバイセクシュアルは、このうち「性的指向」についての話でした。一方、ノンバイナリーは「性的指向」とは関係なくて、「性自認」や「性別表現」に関係するものです。アレックスも、スカートをはいたり、メイクをしたり、メンズ服を着る日もあったりなど、性別にとらわれないファッションを楽しんでいます。最近では、名前も「エスカ」という、より男性・女性を感じさせないものに変えました。