*【こども基本法、こども家庭庁ができて「子どもの権利」をめぐる状況はどう変わったか(前編)~重要なのは「子どもをひとりの人として尊重する」こと】からの続き
「こども基本法」ができたことで、さまざまな場面で「子どもの権利」を尊重することが求められるようになった。たとえば、同法は自治体に子どもの権利を尊重してこども施策をとるよう定めているが、それにより、実際にどれだけ子どもの権利が守られるようになったのだろうか。日本弁護士連合会子どもの権利委員会副委員長を務める間宮静香弁護士は、「子どもの権利について理解しないまま、条例を作ること自体が目的になっていないか」と、懸念を示している。本当に子どもの権利を守るために、自治体はどのように条例づくりを進めればいいのか、そしてそれが子どもたちの幸せにどうつながるのかをうかがった。
間宮静香弁護士
アンケートを取って終わりではない、「子どもの意見を聞く」プロセス
――こども基本法、こども家庭庁ができてから、子どもに関する条例を作る自治体は増えているのでしょうか。
子どもの権利を総合的に保障する条例を制定する自治体は増えてきてはいますが、全国約1700の自治体のうち70ぐらい(2024年5月現在。子どもの権利条約総合研究所調べによる)ですから、まだまだ数が足りません。また、条例がある自治体が多い地域とそうでない地域で差ができつつあります。近隣の自治体で条例を制定すると「うちでもやらなければ」と波及しやすいのですが、逆に周囲でどこも作っていないと動き自体が出てきにくいのかもしれません。
また、条例を作るのはいいのですが、作ること自体が目的化してしまい、「子どもの権利について理解しないで条例を作ってしまったのでは」と感じる事例も目立ちます。コンサルタントなどに依頼するよりも、子どもの権利に詳しい専門家の意見を聴きながら条例を制定することが望ましいと思います。
それは、子どもたちの意見を聴くことにもつながります。「意見を聴かれる権利」は子どもの権利条約の4つの一般原則(差別の禁止、子どもの最善の利益の保障、生命・生存・発達への権利、意見を聴かれる権利)のひとつです。こども基本法でも、第3条第3項(全てのこどもについて、その年齢及び発達の程度に応じて、自己に直接関係する全ての事項に関して意見を表明する機会及び多様な社会的活動に参画する機会が確保されること)、第4項(全てのこどもについて、その年齢及び発達の程度に応じて、その意見が尊重され、その最善の利益が優先して考慮されること)で明記されています。これを受けて、「とにかく子どもの意見を聴かなければ」となっている自治体も多いのですが、形だけになっていないでしょうか。
子どもの権利とはそもそも何か、ということを子どもたちに説明せずに意見を聞いただけでは、「子どもたちがこう言っているのだから」と、かえって人権侵害が肯定されてしまう危険もあります。校則であれこれ制限されるのは当たり前、子どもは親や先生の言うことを聞かないといけないと思わされている子どもたちも多いと思いますが、子どもが権利の主体であるという考え方に立てば、子どもは大人の言う通りにしないといけない存在ではないわけです。でも、どれだけの子どもたちがそのことに気づいているでしょうか。
私は大学で教えているのですが、4月の時点では「子どもの権利について知っている」「人権侵害の校則はなかった」と言っていた学生が、年度が終わる頃になると「自分はまったく理解していなかった」「子ども時代、自分の権利は守られていなかった」と振り返るようになります。子どもたちはそれだけ人権が尊重されない状況に慣らされているということに、意見を聞く側の大人は配慮する必要があるでしょう。
――「意見を聴かれる権利」について、もう少し教えてください。これは、子どもの意見は全部実現しないといけないということでしょうか。
そう誤解する人はすごく多いのですが、私はいつも「子どもにとっては自分の意見を聴かれる権利で、かなえてもらう権利ではないですよ」「ただし、大人は子どもの意見をきちんと受け止め、そのうえでできることはやりましょう」と説明しています。
子どもの最善の利益を実現するための決定権を持っていて、実際に動くのは大人です。子どもの意見をそのまま実行することは難しいという場合、子どもに「なぜそうしたいのか」「これはこういう理由で無理」「代わりにこれなら可能かも」などと説明し、一緒に考えていくプロセスが非常に大切です。大人から頭ごなしに「そんなの無理」「できない」と言われたら、子どもは「どうせ言っても聴いてくれない」と、意見を言わなくなるでしょう。
――だとすると、子どもに関係する条例や政策を作るとき、子どもたちの意見を聴くにはどのようなプロセスが必要になるでしょうか。
大人だけのメンバーで原案を作り、それについて子どもにアンケートを取ったり、パブリックコメントを募集したりするのはやはり大人主体のやり方であって、本来は子どもも一緒に議論しながら条例や政策を作っていくのがベストだと思います。
たとえば、愛知県「豊田市子ども条例」を作るときは、40人の子ども委員を募集しました。委員となった中高生はまず「子ども条例検討ワークショップ」で子ども条例に盛り込みたい内容について議論し、さらに多くの子どもの意見を集めるために「地域子ども会議」を計26回開催、集まった5000件超の意見を「とよた子ども市議会」「条例案起草ワーキング」等、複数のプロセスで検討しました。その結果、「他人に構わずタバコを吸う大人が多い。喫煙マナーをわきまえてほしい」「生徒の言い分も聞かずに怒ったり、理由を示さずにルールを強制したり、生徒からの批判に耳を貸さず自分の非を認めなかったりすることをやめてほしい」等の子どもたちからの要望は、条例の内容にも反映されることとなりました。子どもたちの参加に際し、いきなり子どもが大人と同じテーブルについて議論するハードルを下げるために、市職員が「子ども委員応援サポーター」として側面支援を行ったのもポイントだったと思います。
どのような方法をとるにせよ、子どもの意見を聴くときに気をつけてほしいのは、意見を言う力がある子たちの意見だけを聴いていないか、ということです。意見を言いにくい子どもたちの声も取り入れるために、たとえば児童養護施設やフリースクールなどにいる子どもたちの話を聴くといったことも意識的に行う必要があるでしょう。そして、聴かれた意見がどうなったか、子どもたちがわかるように丁寧に説明することも大人側の責任です。でなければ、子どもたちは「意見を言ってもどうせ何も変わらない」と思ってしまいます。