子どもの権利の条例と相談救済機関の設置はセット
――自治体が子ども関連の条例や政策を作るとき、他に気をつけるべきことがあれば教えてください。
子どもの権利についての条例で「あなたには権利がある」と子どもたちに伝えながら、実際に権利侵害が起きた時に助ける手段を作らないというのでは、大人として無責任と言えます。ですから、条例を制定するときには、子どもの権利を守る相談救済機関もセットで設置することが不可欠なのです。
子どもは大人以上に人権が守られにくい存在です。裁判等で権利侵害を訴えたり、自分の権利を守ってくれる行政機関につながったりすることは非常に難しいですし、選挙権がないので自分に関係する施策に影響を及ぼすこともできません。相談救済機関は、そのようにきわめて弱い立場にある子どもの権利が守られているかどうかを監視し、調査や勧告をする権限を持つ、行政から独立した機関です。
――「いじめ相談窓口」やスクールカウンセラーなど、子どものための既存の相談窓口と違うところはどこでしょうか。
いじめや虐待など特定の事柄についての相談窓口につながるには、まず子ども自身が「これはいじめだ」「虐待を受けている」と自覚していることが前提となります。ただ、いじめや虐待を認めたくなかったり、気づいていなかったりする子も多いのです。
私が子どもの権利擁護委員として携わっている名古屋市子どもの権利相談室「なごもっか」での初回の相談内容で多いのは「対人関係」ですが、この中には私たちから見ると「いじめではないか」と思うものもけっこう含まれています。また、相談をしている中で、子どもが「ここでは安心して話せる」と思えたとき、最初は「友達と喧嘩した」といった話だったのに、実は親から叩かれているなど、その子が本当に悩んでいることを打ち明けてくれたりします。子どもに関わることであればどんな相談でも受け付ける相談救済機関だからこそ、子どもたちがいじめや虐待と気づく前の段階から対応できますし、「先生が暴言を吐いた」など、相談相手を見つけにくい教師に関する悩みについても受け皿になれるのです。
もうひとつ、他の相談機関との違いで重要なのは、あらゆることについて子どもの権利を基盤とするという点です。たとえば保護者から相談があったとしても、主体は子どもなので、必ず当事者である子どもの気持ちを個別に確認してから動きます。なぜなら、保護者と子どもの気持ちがズレているということはよくあるんですね。いじめの問題が起こったとき、子どもは望んでいないのに、とにかくいじめの加害者や学校に謝らせたいと、親がこだわるケースも多いのです。
もちろん子どものプライバシー権も守ります。先生やスクールカウンセラーに相談したら、知らないうちに他の先生にも伝わっていたという話もよく聞くのですが、子ども本人の了解なく、保護者も含めた第三者に相談内容を共有することはありません。
子どもの権利を侵害する制度全体を変える仕組みを
――相談救済機関は、子どもたちからの相談に対し、実際にどのようなことができるのでしょうか。
先ほどお話ししたように、相談救済機関は子どもの権利が侵害されたときに調査や勧告ができるという点が他の行政機関にない特徴です。勧告によって組織や制度全体の改善を促すとともに、権利侵害の予防にもつなげています。また、行政による調査では聴き取りが困難な、苦しい環境にいる子どもたちの声に対応する「アドボカシー活動」(声を上げにくい立場の人に代わって、意見を伝えること)も、相談救済機関の重要な機能です。
「なごもっか」の事例を少しご紹介すると、暴言を吐く先生についての相談を受け、その学校の先生たちが子どもの権利について理解し、暴言などの不適切な対応に互いに気づき合えるよう、教員向けに研修を行ったこともあります。教員による不適切な対応については毎年の「なごもっか」の活動報告書に記載することで、教育委員会や各学校が同様の問題に気づけるように促す他、それをもとに国へ意見書を提出しています。意見書の中では、生徒指導が行われるときに子どもの権利の尊重が意識されていないことが多い現状を踏まえ、生徒指導提要改訂に際し、子どもの権利についての内容を入れるように求めました。これは2022年12月に改訂された生徒指導提要で実現し、子どもの権利条約の一般原則についての記述が加筆されています。
また、校舎の老朽化で不安を感じる生徒の申し立てを受けて、教育委員会と当該校を数回にわたって訪問し、事故防止の対応につなげました。この事案では、権利主体である子どもと共に活動しており、申し立てをした生徒は教育委員会や当該校との面談に同席して直接意見を伝え、市長とも面談しています。この生徒が声を上げたことがきっかけとなり、他の学校でも同様のことがおきている可能性があることから、名古屋市全体の学校の安全を確保するために、子どもの権利擁護委員が発意をし、現在、調査を行っているところです。
他には、遅延証明があっても欠席や遅刻になる学校ルールについての相談事例もあります。学校に調査・面談を重ね、生徒の意見を聴くことの重要性を繰り返し伝えた結果、学校側が生徒と協議しながらルールを改善することになりました。このように、個別の相談を救済していくだけではなく、必要に応じて現場に介入しつつ組織や制度を変えていけるのが、相談救済機関の強みです。
――相談救済機関があれば、子どもの権利が侵害されている状況を改善するために、いろいろなことができるということですね。
相談救済機関が子どもたちの権利を守る活動をする際、条例でその権限が保障されていることはきわめて重要です。たとえば、「なごもっか」は公立だけでなく、市内に住所がある私立、県立、国立の教育機関(スポーツクラブのチーム等も含む)、また児童養護施設や学童保育、保育園など、子どもに関わる場所ならどこであっても対応することができ、場合によっては、親子間の調整もします。それが可能なのは、名古屋市の条例でそのことがきちんと定められているからです。特に私立の教育機関等で人権侵害が起こった場合、一般的には私学教育の自由があるため自治体が介入しにくい状況において、「なごもっか」が関われる意義は大きいと実感しています。しかし条例の内容次第では、相談救済機関があっても「私立だから」と介入できなくなってしまいます。
そのような事態を避けるためにも、本来は、自治体が子どもの権利条約や国連子どもの権利委員会一般的意見第2号(「子どもの権利の保護および促進における独立した国内人権機関の役割」、2002年)などを理解して相談救済機関を立ち上げることが大事です。ただ、子どもの権利についての学びがなかなか進まない現状を考えると、こども家庭庁がこれらを踏まえた指針を作るというのもひとつの方法だと思います。また、条例の準備段階で子どもの権利に詳しい弁護士等の専門家をメンバーに加え、参考になる先行事例や留意すべき点などの情報を活用することもできるでしょう。
何より条例で保障すべきなのは、予算も含めた相談救済機関の独立性です。教育委員会や行政組織の下部組織ではなく首長直属とし、なおかつ、事務局となる部署の担当職員は専従にして守秘義務を課すことが必要です。兼務では本当に独立性が保たれているかどうか、利用者の信頼が損なわれる可能性が大きいです。また、相談救済機関の中核となる子どもの権利擁護委員には、行政に都合のいい人ではなく、子どもの権利についてちゃんと理解している人が選任されることが重要となります。
相談救済機関の設置場所も、独立性を確保する大事なポイントです。役所の施設内にあると独立性に疑義が生じますし、そもそも子どもが役所に行くこと自体、ハードルが高く、アクセスしにくいのです。できれば自治体の施設ではない場所で、子どもたちにも馴染みのあるエリアが理想的な立地です。