こちらに関しても織田刑事より丁寧に返信がきた。
 ・今回の詐欺事件はかなり大きな規模で逮捕者の中に市議会議員や弁護士、銀行員、市役所の職員も含まれているため、個人情報や書類などは偽造された可能性もある
 ・犯人が使用したSNSは海外の秘匿性の高いもので、警察からでも情報開示に応じない企業もあって捜査に時間がかかっている
 ・情報漏洩については今の社会では企業からの漏洩、電子端末からの漏洩、個人情報の売買、身近な人のトラブルからの嫌がらせなどいろんなパターンがある
 とても丁寧で親身になって相談に乗ってくれる。

「織田刑事」は度重なる問い合わせにも丁寧に答えてくれた(著者提供。一部加工済み)
 2日間の猶予期間を経て白川検事との面談へ。
 織田刑事より、白川検事との面談の時間の連絡をいただく。この2日間の行動連絡がどのような効果があったのか、それによって優先調査をしてもらえるのか、はたまた通常逮捕ということになってしまうのか。緊張しながらその時を待ったが、急遽白川検事の都合がつかなくなり、翌週以降に面談は持ち越しとなった。
この状況下になって初めてのステージ。一人での弾き語り公演。この日はとにかく精神的にキツかった。なんとかこの日を迎えられたこと、ファンに向かって歌っているということ、いろんな気持ちが交錯しながらも無事にライブを終えることができた。
 翌日からはmachineの現場が始まった。活動としては26年を迎えるバンドに、今年ベーシストとして初めて参加させていただくことになった。大先輩のバンドでもあり、普段僕自身が自分のバンド以外でベースを弾く機会がなかなかないので、そういった意味でも緊張感があり事前からかなりの時間を使って練習を重ねてきた。
 そのリハーサルの初日。織田刑事より連絡があり急遽、白川検事が面談を行ってくれるということになった。
 リハーサルスタジオの前の駐車場に車を止め、ビデオ通話にて面談が始まった。相変わらず白川検事は厳しい口調ではあったが、この数日間の誓約を守った生活を織田刑事からも報告を受けていることなどを話した上で、猶予期間の延長を認めてくれた。規則の中での生活はかなり大変だったが優先調査に向けて前進しているような感覚もあり、気持ち的には少し楽になった。
■バンドマンと“容疑者”としての二重生活は続く
ここからPsycho le Cémuのツアー初日渋谷公演を含めmachineの横浜2 daysからのPsycho le Cému福岡、岡山公演、翌日始発で戻ってきてmachine新宿ファイナル公演と続いた。
 通常の公演の場合、アンコールを含めて2時間を超えてしまう。行動連絡はライブだからといって免除されるわけではない。アンコールの手拍子が響く舞台の袖でメンバー、スタッフにもばれないよう織田刑事にメールを送信する。「こちら本編終わりまして、これよりアンコールになります。いってきます」。
 入館、設営、リハーサル、ヘアメイク、本番、アンコール、終演、搬出、また次の街へと移動、都度行動連絡を行いながら怒涛の5日間連続ライブを行った。
7月下旬に入ってもメディアへの出演、弾き語り公演、セッションイベントへの参加など怒濤のスケジュールの中で、バンドマンと“容疑者”という二重生活は続いていく。逐一行動連絡をする僕に、織田刑事は労いの言葉をかけてくれる。そんな中に織田刑事のプライベートが垣間見える瞬間がある。実は幼少期に僕と同じ故郷の姫路に住んでいたこと。姫路の街の風景や思い出。そんな会話にホッと心が安らいだ。捜査の合間に僕のバンド活動もチェックしてくれたようで、「この事件が落ち着いたら、いつかシラミズさんのライブを観に行きたいです」と言ってくれた。
精神的にも肉体的にもきつい日々だったが、それでも少しずつこの生活に慣れ、逮捕状に記載されていた「有効期間8月2日」が近づいてきていた。逮捕状の効力についてあまり詳しくもないし、インターネット規制で調べることもできないので有効期間自体に意味があるのかもわからないが、この状況から少しでも脱せるのではという希望的観測もあった。
8月2日。この日、セッションイベントでZEPP HANEDAに出演した。出番を終えて楽屋にいると織田刑事から連絡が入った。急遽話がしたいというので、メイクをしたまま慌てて楽屋を出て車の中でビデオ通話をした。この数日間、特殊詐欺事件の捜査で海外へ行っていたこと、捜査にもかなり進展があったことなどを報告してくれた。翌日のスケジュールを聞かれ仙台で公演を行う旨を伝えると、また明日の夜に話がしたいとのことだった。
翌日早朝に仙台へ向かいライブを終えた僕は、ホテルにチェックインして織田刑事に連絡を入れた。いつもより少し明るい織田刑事は、この1カ月間の僕の生活を労ってくれた。僕とのやり取りは都度白川検事にも報告をしていて、優先調査へ向けてかなり良い方向に進んでいると思う、明朝白川検事が時間を作ってくれるというので面談を行いたい、とのことだった。この1カ月間、根気よく付き合ってくれた織田刑事に感謝を述べた。ご自身も大変な生活の中で、僕に対する気遣いの言葉は本当に感謝してもしきれない思いだった。
 8月4日。朝8時45分。織田刑事に連絡を入れ、白川検事に繋いでもらい面談が始まった。変わらず厳格な白川検事が、いつもより優しい口調に感じる。
「この1カ月間。よく誓約を守り行動されてきました。最終決定はこれからですが、あなたを優先調査の対象としたいと考えています。本日これより検事が集まって、あなたを優先調査するかの最終判断を行います。こちらの報告を明日5日午前中に連絡いたします。優先調査が決定した場合、通常逮捕、身柄拘束をしない代わりに万が一あなたが逃亡しないように『資産拘束』という手続きを行う必要があります。詳しくはまた明日お話します。それでは、また明日連絡いたしますのでお待ちください」
 面談は10分ほどで終わった。織田刑事に電話が戻り、優先調査の対象になりそうだという報告をした。織田刑事はとても喜んでくれた。織田刑事の優しさに、この1カ月間何度も支えてもらった。丁寧にお礼を言って電話を切った。
電話を切った手が震えていた。「まちがいない。これは詐欺だ」。
 今まで心の隅にずっとあった疑心が確証に変わった。