パソコンと携帯電話―進化の系譜
携帯電話とパソコンは、かなり似通ったヒストリーを持っている。携帯電話の方があとに出てきた分、その足跡はせわしないが、おおむねパソコンの跡をトレースし、あげくの果てにはパソコンを追い抜いてしまった。というのも、本当に「パーソナル」という冠をつけるにふさわしい使われ方をしているという意味では、現状では、パソコンよりも携帯電話の方に分があるからだ。
空調の利いた大きな部屋に鎮座し、計算をしていただいていた大型汎用計算機は、すでに机どころか、片手で支えられるような、ノートブックサイズまでコンパクトになった。
最初はマニアの遊び道具だったパソコンは、次第に仕事に使われるようになり、オフィスでは一人1台のパソコンがなければ、仕事ができないような状況だ。だが、たとえ一人1台だとしても、パソコンを効率的に使おうという工夫は認められず、あらかじめ与えられた環境の中で、最大限の効果をあげなければならない。管理コストを引き下げるには、その方法がいちばんだからだ。
パソコンは、すでにコモディティ(日用品)として、いわゆる業務用事務機器の座についてしまった。そこでは、本来のパーソナルという意味合いは希薄だ。
本当の意味でのパーソナル・ツール
一方、携帯電話はどうだろう。もともと電話という道具は、ある一定の場所に設置されているものだった。家によっては、座布団を敷かれ、リビングルームの一等地に置かれていたこともあったかもしれない。コードレスホンが登場し、家の中のどこにいても、電話が使えるようにはなったものの、それを外に持ち出すことはできず、あいかわらず、特定の電話番号は特定の場所にヒモづけられ、ダイヤルしても相手として、その場所にいる誰が出るのかは保証されてはいなかった。そういう時代がずいぶん長く続いた。
ところが、携帯電話は電話番号が場所ではなく、ヒトとヒモづけられている。ダイヤルすれば、ほとんど100%の確率で、本人が応答する。留守番電話サービスが出たとしても、それを聞くのは、おそらく本人だ。たとえ家族であっても、携帯電話を貸し借りすることはまずない。傍らで着信していても、自分の携帯電話でなければ、応答さえためらうだろう。これほどパーソナルなものはあるだろうか。
人々は、ポケットの中に常時、携帯電話を持つようになり、日本はもちろん、世界中、どこにいても、自分宛の電話を受けられるようになった。そして、音声による通話のみならず、電子メールなどのやりとりや、情報検索などにも携帯電話を使うようになり、実質的に、対面以外のコミュニケーションのほとんどを、携帯電話に頼るようになった。
ケータイは新たなビジネスモデル
なにしろ、カメラはついている、機種によっては、生体認証でセキュリティーも確保、電車やバスに乗れるし、買い物もできる。バンキングやチケットの申し込みなどの電子商取引から、テレビ視聴、音楽鑑賞、動画鑑賞、GPSによる位置情報取得、毎朝の目覚ましまで、その守備範囲の広さは驚異的だ。肌身離さず持っていたい、という気持ちになるのは当然だろう。まさに、パーソナルと呼ばれるのにふさわしい。人類始まって以来、これほど多機能な万能ツールはなかった、といっても過言ではない。そして、何よりも肝心なこととして、人々は、携帯電話というキカイに、後付けで機能やサービスを付加することを、新しい当たり前として受け入れた。モノを手に入れるために代価を支払うのではなく、使う権利を手に入れるためにコストをかける。
いわゆるサブスクリプションモデル(subscription model 定額契約形態)と呼ばれる対価の支払い方法は、月ごとの購読料を支払うことでサービスを受けることができ、支払いをやめれば、サービスは受けられなくなる。これは、パソコンがかつて夢見たビジネスモデルにほかならない。
パーソナルなケータイとビジネスツールのPC
パソコンはその高速な処理や、大きな画面でのリッチな表示能力、大容量の記憶領域など、どれをとっても携帯電話より優れている。基本的には、携帯電話にできてパソコンにできないことはないはずだ。たとえ購入直後の状態ではできないとしても、何らかの方法で機能を拡張していける。本来は、そのハードウエアやソフトウエアによる拡張こそが、パソコンのだいご味であったはずだ。
このままいけば、多くの人々にとって、パーソナルなライフスタイルの中で、パソコンは特に必要とされなくなってしまう可能性もないではない。だとすれば、パソコンは、これからどこに向かって、進化していけばいいのだろう。
2007年は、早生まれなら、平成生まれの若者が大学に入学する年だ。彼らは携帯電話がある生活を当たり前のように満喫してきた新・新人類だ。メールを打つのに四苦八苦といった中高年とは、人種が違うといってもよかろう。
そんな彼らが4年後には大学を卒業し、働く場所としてのオフィスでは、いや応なくパソコンを使わなければならない。携帯電話では、会議のメモもとれないし、広範囲を見渡せる数表も一部しか参照できない。説得力のあるプレゼンテーションもできない。
それでは仕事にならない。いったい彼らは、パソコンとどうつきあっていくのだろう。 次は、そんな状況下での、パソコンについて考えてみることにしよう。()()
サブスクリプションモデル
(subscription model)
雑誌では定期購読、パソコン分野では定額でソフトを利用できる契約形態のこと。