それでも、バイオ燃料は不可欠だ
バイオエタノールは、植物資源(バイオマス)より製造されるエタノール(アルコール類の一種)のことで、石油の代替燃料として注目されているバイオ燃料の一つである。主に、サトウキビやトウモロコシなどの食料を原料にする。2007年12月に新エネルギー法が成立したアメリカでは、22年までに年産1.4億キロリットル(07年は2600万キロリットル)のバイオエタノール製造を計画するなど、燃料用トウモロコシの需要が増加したため、穀物価格高騰の一因にもなっている。一方、原油枯渇の可能性が叫ばれる中、2010~20年代には、石油の供給が需要を下回るオイルピークの時期が到来すると予測される。そこで、食料と競合しないセルロース系バイオマス資源(非食用植物)の利活用が重要となる。
温室効果ガス(CO2)の削減効果は?
一般に、植物を燃料にすればCO2を排出するが、生育に際しては光合成でCO2を吸収しているので、その循環は地球全体のCO2を増加させないカーボン・ニュートラルといわれる。この概念は、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が提唱する、温暖化対策としてのバイオマスの大量導入の根拠となっている。
ガソリンが排出するCO2に対し、バイオエタノールが排出するCO2の削減効果として、04年の国際エネルギー機関(IEA)の調査結果では、「トウモロコシ原料の場合で20~40%、セルロース系原料の場合で70~90%のCO2削減効果となる」と試算されており、07年のアメリカ環境保護庁(EPA)の調査結果では、「90%のCO2削減効果があり、他の燃料の中でも最も削減できる可能性がある」と報告されている。
食料を使わずにバイオ燃料を作れるか
バイオエタノールの原料は、ブドウ糖、果糖、ショ糖を主成分とするサトウキビ搾汁のような糖質原料、穀物やイモ類などのでんぷん質原料、および稲わら・麦わらなどの草本類や、木質などのセルロース系原料に分類できる。糖質原料の場合は、直接酵母を加え発酵させて製造する。でんぷん質原料の場合は、酵素によりでんぷんを分解、ブドウ糖とし、これを酵母で発酵させる。これらの方法は酒の発酵と同様であり、昔ながらの技術である。しかし、セルロース系原料の場合、ブドウ糖を得るまでの技術が困難とされる。セルロース系原料は、主にリグニン、ヘミセルロース、セルロースという三つの成分が強固な複合体となっており、でんぷん質原料とは異なった「前処理」を施し、酵母の発酵原料となるブドウ糖などの単糖を得なければならない。
セルロースを分解する
セルロース系原料より単糖を得る糖化、すなわち前処理方法には、酸やアルカリを用いる化学処理、セルラーゼなどの糖化酵素を用いる方法、反応条件として高温高圧を利用する水熱処理やこれらを組み合わせる方法などがある。硫酸を用いる方法のうち、希硫酸法は、1%程度の希硫酸を使い、原料を180~200℃で加熱・加圧して、リグニンの一部を分解・可溶化し、ヘミセルロースをほぼ分解・糖化させる方法である。残さにセルロースと未分解のリグニンが含まれるので、これに再度1%程度の希硫酸を加え、加熱・加圧することにより、ブドウ糖を得つつ、残りのリグニンを分解・可溶化する方法(二段希硫酸法)もある。この方法はブドウ糖が過度に分解され、その成分が後の発酵を阻害することや、ブドウ糖の収率が50%程度と低く、装置の腐食も激しいという欠点をもつ。
一方、アメリカでは、トウモロコシの茎や葉を対象に、希硫酸法で処理した残さをセルラーゼで糖化し、ブドウ糖を得る技術を開発中である。糖の収率や装置の腐食については前述の欠点を克服するが、セルラーゼが高価なため、その性能の改良や生産コストの削減にしのぎを削りつつある。また、希硫酸法の欠点の一つは、副産物として大量の石膏が発生することである。
70~75%の硫酸を使う濃硫酸法は、粉砕した木質原料を常温~50℃以下で数分混練してセルロースの結晶構造を破壊し、次に20~30%まで水で薄めて分解、糖化する方法である。糖の過度な分解が起こらない条件が見いだされ、加熱濃縮によって硫酸の再利用もできるが、加熱濃縮工程にエネルギーを要する点が課題である。
アルカリ法は、草本系に適した方法であり、数%の苛性ソーダによってリグニンと一部のヘミセルロースを除去し、セルラーゼで単糖を得る処理法である。しかし、苛性ソーダは使い捨てにするには高価であり、回収するにはエネルギー消費が大きいという課題を抱える。
加圧熱水法では、加圧した約230℃の水で約15分、木粉を処理。ヘミセルロースの分解による単糖(炭素原子を五つもつ五炭糖・六つもつ六炭糖)などを得、さらに270℃で約15分処理すると、セルロースの分解によるブドウ糖(六炭糖)などを得る。現段階では、装置のスケールアップや使用エネルギーなどに課題がある。
他にも、きのこの一種である白色木材腐朽菌を用いてリグニンを分解・前処理する方法や、木片などを微粉砕しセルラーゼの糖化効率を高める微粉砕法などが研究されている。
いずれの方法も一長一短であるが、アメリカでは、希硫酸法とセルラーゼによる糖化の組み合わせが有望視されている。一方、前処理後の発酵工程でも、エタノールの収率を上げるため、ブドウ糖(六炭糖)のみを発酵させるだけでなく、通常の酵母では発酵しないヘミセルロース由来の五炭糖を発酵できる遺伝子組み換え酵母の研究も盛んである。また、発酵菌には、酵母以外にザイモモナス、大腸菌、コリネバクテリウムなどがあり、改良が続けられている。
こんなにある、眠れる資源
では、原料となるセルロース系バイオマスは、どの程度あるのだろうか。日本の場合、国内で発生する稲わらや麦わらなどは年間約1400万t 、その有効利用率は3割程度とされる。また、林地残材などは年間340万tで、そのほとんどが未利用である。「国産バイオ燃料の大幅な生産拡大」(07年2月)によれば、30年の国産バイオ燃料生産可能量として、ガソリンの年間消費量の10%に相当する約600万キロリットル/年が目標として掲げられており、セルロース系バイオマスからのエタノール製造は、早急な実用化が望まれている。