サンプルリターンという技術実証衛星
2010年6月13日、日本時間午後11時51分、小惑星探査機「はやぶさ」(MUSES-C ミューゼスC)は、7年間の飛行の末、地球の大気圏に突入した。本体は大気の抵抗により分解、炎上したが、小惑星イトカワのサンプルが入っている可能性のある再突入カプセルは、再突入に耐えて無事着地。オーストラリア南部のウーメラ砂漠で回収された。はやぶさは、小惑星からの土壌サンプルを地球に持ち帰るのに必要な技術を実地で試す技術試験機として開発された。小惑星サンプルは、太陽系誕生時の情報をそのまま残しており、分析することで太陽系初期の状態を知ることができる。
はやぶさの主目的は、あくまで新しい技術の検証だが、検証が成功すれば必然的に未到の小惑星に到着するので、科学観測も行う。1980年代から計画の検討は始まっていたが、本格的な計画開始は97年からだった。2003年5月9日、はやぶさは鹿児島県内之浦町(現・肝付町)の内之浦宇宙空間観測所からM-5(M-V)ロケット5号機で打ち上げられた。
はやぶさ最大の特徴は、技術開発項目が時系列で直列に並んでおり、そのどれが失敗しても、小惑星サンプルリターンという最終的な目的が失敗するということだ。
はやぶさに内蔵された最新テクノロジー
はやぶさが搭載した新技術は、(1)地球と小惑星の間の往復を可能にする、燃費のよいイオンエンジン、(2)地球との通信に時間がかかる状況で、小惑星に降下するための自律航法、(3)小惑星サンプルを採取するためのサンプラーホーン、(4)惑星間空間から超高速で地球大気圏に安全に再突入する再突入カプセル、の4種類だ。これらは、どの技術が欠けても、小惑星サンプルリターンが成立しない。競技の途中で、どの走者が失速しても勝てない駅伝に似ているといえるかもしれない。はやぶさ最初の“走者”であるイオンエンジンはその任務を果たし、05年9月12日、はやぶさは目的地の小惑星イトカワに到着。2カ月にわたる科学観測の後、11月4日から「イトカワ」への降下とタッチダウン、サンプル採取への挑戦が始まった。
小惑星への着地・サンプル回収・離脱の試み
2005年11月4日のリハーサルは、自律航法が当初の予定と異なる動作をしたことから、途中で中止となった。その後、11月9日、12日のリハーサルを経て、11月20日から21日にかけて第1回タッチダウンを敢行。この時、はやぶさは本来、接地後すぐ上昇するはずが、イトカワ表面で2回バウンドしてそのまま約30分表面に滞留。地上局からの緊急指令で離陸した。この時、着地のショックで舞い上がったダストが採取できた可能性がある。11月26日、はやぶさは2回目のタッチダウンに挑んだ。タッチダウンは完全に成功したが、その後の調査で、サンプル採取のためにイトカワ表面に発射する弾丸が、発射されなかった可能性が判明した。
この時点ですでにはやぶさの各所はだいぶ傷んでいた。4基搭載されたイオンエンジンのうち1基は、最初から不調だったために使われなかった。3基搭載した姿勢を維持するためのリアクションホイールという部品は、2基が壊れた。はやぶさは、きちんと姿勢を維持するのがやっとという状態になってしまった。
さらには11月のタッチダウンへの挑戦により、姿勢の制御や小規模の軌道変更に使う化学推進系で推進剤の漏洩(ろうえい)が起きた。2系統搭載した化学推進系は、A系統B系統の両方とも使えなくなってしまった。
満身創痍のはやぶさの帰還作戦
05年12月8日、はやぶさは突然通信を絶ってしまった。化学推進系から漏洩した推進剤が、何かの拍子に気化して噴出し、姿勢を崩したものと推定された。太陽電池パドルに太陽光が当たらずに、機能を停止してしまったのだ。はやぶさは一定の姿勢が保てずに回転運動を始めてしまっても、最終的に上部のパラボラアンテナを中心とした軸周りの回転運動に収束する設計となっていた。はやぶさは小惑星イトカワと共に太陽の周りを周回しているので、姿勢の変動が収束すればいずれ太陽電池パドルに太陽光が当たるようになると推定された。06年1月26日、はやぶさから通信が確認された。
当初、07年だった帰還の予定は、10年に延期された。帰還行程は、1基だけ残ったリアクションホイールで姿勢を安定させ、長時間運転の結果として劣化が進行しているイオンエンジンを正しい方向に向けて噴射し続けられるかが課題だった。09年11月4日、4基のイオンエンジンのうち正常に推力を発生していたエンジンDが壊れた。Aは不調、Bはすでに故障しており、残るCも劣化が進んでおり、定格出力が出なくなっていた。
はやぶさの7年をかけた奇跡的な帰還
帰還は絶望的に思われたが、AとBの健全な部分を組み合わせて1基の正常なエンジンとして運転するという“裏技”で、はやぶさは危機を切り抜けた。2010年3月27日、はやぶさは地球からの距離が最短で1万4000kmのところを通過する軌道に入り、地球への帰還が確定的となった。その後、イオンエンジンによる4回にわたる軌道修整を行い、最終的に6月13日夜、予定通りに大気圏に突入し、耐突入カプセルが回収された。10年7月現在、はやぶさは月以外の天体に着陸・上昇した唯一の探査機であり、同時に地球から最も遠くに行って帰還した人工物体でもある。アメリカは、はやぶさよりも遠くに多数の探査機を飛ばしているが、はやぶさほど遠くに行き、7年もの長期間の宇宙航行に耐え、なおかつ地球に戻ってきた探査機は他にない。
その意味では、はやぶさは日本として初めて人類未到の地に赴き、世界初の快挙を成し遂げた探査機なのである。日本の宇宙開発は、この成果をどのようにして生かし、世界の太陽系探査をリードしていくのか、今後の戦略的な展開が問われている。
なお宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、カプセル内の容器から直径10μm(マイクロメートルは100万分の1)程度の微粒子が100個以上見つかったことを、10年7月7日に明らかにした。粒子のすべてが、小惑星由来のものかどうかは予断を許さないが、今後の研究解析の成果が期待される。