梅雨が明けるとセミが鳴く?
梅雨が明けるとセミが鳴くと思っている方も多いようです。しかし、実はセミは梅雨の前から鳴いています。私の住んでいる広島県を含め関東以西では4月にハルゼミが鳴き出しますし、北海道や東北などの寒冷地でも5月の中旬になればエゾハルゼミが鳴き始めます。しかし、これらのセミは都心にはいませんから、大都会に住む方にとって、セミと言えば夏に鳴くニイニイゼミ以降のセミを指し、セミは真夏に鳴くものという思い込みが生まれるわけです。確かに、ニイニイゼミやヒグラシは多くの地方では6月の終わり~7月上旬頃に鳴き始めますので、梅雨明けが早い年でしたら「梅雨が明けてセミが鳴き出す」ことになります。梅雨明け前に羽化していたセミが、天気が回復して鳴くために、そう感じることもあると思います。また、沖縄県~南九州でもクマゼミは6月中旬~7月初め頃に鳴き出し、ちょうどこれらの地方の梅雨明けの時期に重なります。しかし、梅雨明けは年によって大きく前後しますから、当然順番が逆転することもありますし、梅雨が明けた後、しばらく鳴き出さない年もあるわけです。
東日本大震災のあった2011年は梅雨明けが早く、セミが鳴き出すまでに何日も待つことになりました。私のところには、「梅雨が明けたのにセミが鳴かないのは大地震の影響なのではないか」という質問が来ました。そもそも、例年「セミが鳴かない」という質問はFAQ(よくある質問と回答)ですが、この年の不安感が一層敏感にさせたようです。「8月になってまだ鳴かなければもう一度連絡を」と答えたところ、再質問は皆無でした。
ちなみにこの年は、羽化に失敗したセミの画像をブログなどで公開して「放射線の影響か」と問う人まで現れました。羽化の失敗はかなり多く、羽化中に強風などで落下すると、しばしば翅(はね)が伸び切らずに変形して飛べなくなるセミが見られるものですが、たまたまそのようなセミを見つけると不安になるということだと思います。
セミの一生は7年?
よく、「セミの一生は7年」と聞くことがあります。しかし、実は幼虫期間が長く、飼育が難しいためか、生活史が解明されている種類は限られています。もちろん、すべての種類が7年ということはありませんし、一般に栄養状態や環境によって幼虫期間は変化し、同じ年に産卵された同種のセミも必ずしも同じ年に羽化するとは限りません。ただし、北米に分布する周期ゼミ(複数の近縁種からなるグループ)は一世代がちょうど17年か13年で、地域ごとに完全にすべての個体がシンクロして一生を過ごします。同じ年に産卵された卵が同じ年に一斉に羽化するだけではなく、地域ごとにすべての個体が同じ年に出現し、残りの16年(12年)は全く成虫が発生しないのです。昔から13と17である理由を探る研究は多いのですが、周期の違うセミ同士が交雑したときに、素数どうしだと最小公倍数が大きくなることに鍵があるのではないかという研究があります。なお、13、17に7を並べてすべて素数だという主張は意味がありません。多くの種は枯れた枝や樹皮に卵を産み付けますが、その年の秋に孵化(ふか)する種と、一冬越して翌年の夏に孵化する種がいます。孵化した幼虫は地面に降り、地中に潜って木の根に取りつきます。このときに地上でノロノロしていると、アリなどの餌食になりますし、乾燥して死んでしまう危険もあります。都市化が進み、乾燥して地表が固くなると、地中に潜るときの前脚の「掘削力」の違いが種の消長に影響するという研究があります。大阪でクマゼミが増えたのは、クマゼミの孵化幼虫の「掘削力」が強力で、固くなった地表をモノともしないため、ということです。セミの幼虫は根に流れる樹液を吸って育ちますが、あまり栄養分が多くないために成長に時間がかり、幼虫期間が長くなると言われています。成熟した幼虫は地上に這い出し、羽化して成虫になります。
羽化後のセミの寿命についても、しばしば7日程度と言われますが、実際には3週間程度で、1カ月以上生きることも珍しくないと言われています。セミは羽化後数日間満足に鳴くことはできず、1週間では「婚活」を行う時間が足りませんし、メスにはさらに産卵の大仕事が残っているわけです。理由ははっきり分かっていませんが、採集したセミを長く飼うことが難しいために短い命だと思われたのでしょう。それにしても長い幼虫時代に比較すれば羽化後は短いわけですが、そもそも生物は成熟することを目的に生きているわけでなく、次々に世代を連続させて行くことが目的だとも言え、羽化後の時間の長短はどうでもよいことかもしれません。
ミンミンゼミとクマゼミ
かつて、セミ採りは代表的な子供の夏の遊びで、夏休みには捕虫網を持ったセミ採り少年を見かけたものですが、最近は「絶滅危惧種」になっています。多くの子がセミ採りをした時代には、鳴くのはオスだけであり、メスが鳴かないことは、すぐに気付いたものです。セミの鳴き声は種によって、ギーとかジーといった単調なものから、技巧的とも言える「歌」までさまざまです。例えば、ツクツクボウシが鳴いている姿を見ると、まるでアコーディオンのように腹部を伸縮させながら鳴いていて、もはや「演奏」のレベルに達しています。このように、セミは種ごとに備わっている特定の「歌」を歌い、同種のメスを呼び寄せ交尾します。「歌」を変えることで、間違いなく同種のメスに音が届くようにしているわけです。
ところで、夏が近付くと、テレビコマーシャルにセミの鳴き声が使われることがあります。以前どのようなセミが使われるのか調べたことがありますが、圧倒的にミンミンゼミの「出演回数」が多いことが分かりました。夏を表現するのには、背景で「ミーンミンミンミンミー」という鳴き声を流すのが手っ取り早いのでしょう。しかし、これには実は落とし穴があります。確かに東京では街中でもミンミンゼミが多く、真夏になればどこからともなくミーンという鳴き声が聞こえてきます。セミの鳴き声と言えば「ミンミン」と条件反射的に思うこともあります。恐らく、コマーシャル制作会社の多くは首都圏にあって、そのため躊躇(ためら)い無くミンミンゼミを使うのだろうと思います。しかし、名古屋周辺から西の平地でミンミンゼミが鳴くことは少ないのです。私は熊本市に13年暮らしたことがありますが、ただの1回もミンミンゼミの鳴き声を聞いたことはありませんでした。西日本に住んでいる人にとって、ミンミンゼミはコマーシャルの中で鳴くセミであり、せいぜい山に避暑に行ったときに鳴いているセミなので、暑さではなく、むしろ涼しさを感じさせる鳴き声なのです。西日本にお住まいの方が、セミの鳴き声は「ミンミン」とは聞こえないけれども「ミンミン」と表現するのだと思っていたとか、夏の東京を訪れて、本当に「ミンミン」と鳴くセミがいることを知ってびっくりしたという話を聞いたこともあります。
では、西日本で夏の暑さを代表するセミの鳴き声は何か、と言うと、それはクマゼミの鳴き声です。日本海側の一部を除く西日本の平地では、午前中にクマゼミがシャーシャーという音で合唱します。これが暑い夏を象徴する音なのですが、関東地方にはあまりいません。要するに、この2種に関しては、西日本では平地にクマゼミ、山間部にミンミンゼミ、東日本では基本的にミンミンゼミだけという棲み分けをしているわけです。