このような分布になった原因は、両種の日本列島への侵入の歴史に関わることなので、科学的に証明することは困難で、想像するしかないのですが、先にミンミンゼミが広く分布していたところに、後から南方系と言われるクマゼミが侵入し、西日本では平地のミンミンゼミを山間部に追い、より寒冷な東日本以北では温帯域に適応しているミンミンゼミの優勢が保たれたという説が知られています。最近、クマゼミの分布域の北上が言われますが、本来の分布北限は神奈川県の三浦半島付近と考えられています。
マンションとセミ
夜間にマンションやアパートの通路や階段の照明にセミが飛んでくることがあります。防犯のため一晩中照明がついていますから、飛来したセミが鳴き出すこともしばしばで、真夜中に鳴き声が響いて驚かされます。飛来したセミは通路や階段の壁がツルツルでうまくとまれず、そのまま床に墜落することも多いようです。セミの背中は丸く曲面のようになっているので、運悪く背中を下に仰向けに落ちると、翅をバタバタさせて起き上がらない限り、飛び立つことができなくなります。自然界にはコンクリートの床のように固く真っ平らのものはありませんから、セミにとってこの作業は大仕事で、中には疲れて諦めてしまうセミもいるわけです。スズメやカラス、ヒヨドリなどはそれをよく知っていて、夜明けとともにやって来て、残っているセミを食べていきます。私の住んでいるアパートでは、毎朝のように階段に無残なセミの翅が散乱しています。
壁にとまっていたり床に落下しているセミは、人が近付くと慌てて逃げようとするわけですが、樹木のようなものを求めて、人にとまろうとすることも多いわけです。仰向けになったセミは時間がたてば暑さと飢えで死んでしまいますが、まだ生きているセミは脚を開いていて、すでに力尽きたセミは脚を縮める傾向があります。
セミのおしっこ
セミ採りをしていて、おしっこを掛けられた思い出を持っている方も多いかもしれません。自分を採ろうとしている「敵」におしっこを掛けて逃げるというのは、なかなか分かりやすい侮辱的「仕返し」かもしれません。しかし、よく考えてみると、毒でも入っていて皮膚に触れると大変なことになる、とでもいうならともかく、セミのおしっこに害があるという話は聞きません。日頃から降雨に慣れている外敵に対して、あの程度で本当に防御の意味があるのか、はなはだ疑問です。セミは完全な液体食で、樹木に口吻(こうふん)を差し込んで樹液を吸っています。そのため、排泄物(はいせつぶつ)も「大・小」の区別がなく、おしっこだけです。同じ樹液といっても、カブトムシ、クワガタムシが好む、アルコール発酵したものではなく、木の中を流れる液体をそのまま摂取していて、激しい活動の源にするためには、それなりの量を取り込まないといけないのだろうと思います。かと言って、体内に大量の水分を蓄えると飛行が困難になるでしょうから、小まめに排泄する必要があります。実際、セミの観察をしていると、鳴いている合間や休憩中にしばしばおしっこをするのを見ます。ですから、急遽(きゅうきょ)飛んで逃げることになって筋肉に力を入れた瞬間に「失禁」することも自然なことだと思われます。実は逃げるときだけではなく、自発的に飛行して移動するときにも水分を排出することは観察されます。
セミに限りませんが、昆虫は手に取ってみることが何よりの理解につながるわけで、昨今セミを怖がる人が増えているというのも、そんなところに原因があるのかもしれません。セミが、刺しも噛みもせずに、これと言った武器を全く持っていない「平和な」昆虫であることは、特筆すべき特徴だと思います。