2009年11月の事業仕分けの際、蓮舫議員による「2位じゃダメなんでしょうか」発言で、広く一般に知られることとなった日本製スーパーコンピューター(以下スパコン)「京(けい)」。一時は開発プロジェクト存続の危機に直面したが、2012年9月に本格稼働し、2019年8月に無事、運用を終了した。理化学研究所・計算科学研究センター(兵庫県神戸市)の「京」の跡地には、次世代スパコン「富岳(ふがく)」が設置された。「富岳」は2020年6月、スパコンに関する4つの性能ランキングにおいて世界第1位を獲得した。また、現在、新型コロナウイルスの克服に向け、「富岳」を用いた5つのプロジェクトが進行中で、さまざまな成果を出し始めている。そこで、「富岳」の開発プロジェクトを率いた計算科学研究センターの松岡聡センター長に、「富岳」の強さの秘密や果たすべき役割について話を聞いた。
日本製スパコン「京」から「富岳」へ、その進化
スパコンとは、通常のコンピューターが大規模になったものであり、通常のコンピューターでは扱うことができないような非常に大容量のデータを扱うことができたり、複雑な問題を高速に計算処理できたりするのが特徴です。
現在、大規模計算に基づくシミュレーションなどを行う「計算科学」は、「理論科学」「実験科学」に次ぐ第3の科学として、科学技術の発展に欠かすことができません。スパコンは、そのための重要なツールです。
特に、日本において国家プロジェクトとして初めて開発された「京」は、運用開始からの約7年間で、創薬から気象予測、防災、ものづくり、宇宙開発まで幅広い分野で活用され、大きな成果を上げてきました。また、国際的なスパコンの性能ランキングにおいても、同時にではありませんが、「TOP500」や「Graph500」、「HPCG」などで世界第1位を獲得。日本のスパコンの中核として大きな功績を残しました。
その「京」が2019年8月に運用を終了し、後を継いだのが、スパコン「富岳」です。本格稼働は2021年度の予定ですが、すでに運用を開始しています。そして、フル稼働でないにもかかわらず、早くも2020年6月に、スパコンに関する「TOP500」、「HPCG」、「Graph500」、「HPL-AI」というベンチマーク(評価基準)の異なる4つの性能ランキングにおいて同時に世界第1位を獲得し、大きな話題となっています。つまり、史上初の同時4冠達成です。
「富岳」が1位に輝いた4つの性能ランキング
まず、「TOP500」とは、LINPACKと呼ばれる共通のプログラムを処理する平均計算速度を競うもので、スパコンの性能評価で最も有名なベンチマークです。毎年6月と11月の年2回、上位500のランキングが発表されます。長時間にわたるプログラムの実行が不可欠なことから、計算速度に加え、システムが故障することなく長時間稼働できることも重要な評価ポイントになります。
一方で、近年、LINPACKと実際のアプリケーションプログラムとの乖離が指摘されています。LINPACKの計算がいくら速くても、実際のアプリケーションプログラムが速いわけではないという指摘です。
そこで、2014年に新たな性能ランキングとして設置されたのが、「HPCG」です。HPCGは、産業利用などで実際にアプリケーションプログラムを動かす性能を評価することを目的としたランキングです。
「Graph500」は、実社会における複雑な現象を表現するために用いられる大規模なグラフの解析に関する性能ランキングです。ここでいうグラフとは、複数のデータ間の関連性を無数の点や線で示したもののことです。Graph500では、計算性能だけでなく、メモリー性能やネットワーク性能が重要な評価ポイントになります。
そして、「HPL-AI」は、2019年11月にルールが公表されたばかりの最も新しい性能ランキングで、ディープラーニングなど人工知能(AI)による処理性能を評価するために設置されました。今回が初めてのランキング発表となりました。