これら4つの性能ランキングにおいて世界第1位を獲得したということは、例えば、オリンピック競技の長距離走や短距離走、砲丸投げ、走高跳などまったく異なる種目のすべてにおいて第1位を取るようなものと言えるでしょう。
一方、今回、第1位を逃した「Green500」という性能ランキングは、「TOP500」にランキングされたスパコンの中で、いかに低い消費電力で計算を実行できるかが評価されます。2019年11月には、「富岳」のプロトタイプが世界第1位を獲得しすでに高い電力性能は実証済みですし、何よりも、実質的な競合となる汎用CPUを用いたマシンとの比較では、3倍以上の効率を達成し、それは今も維持しています。
日本の計算科学および科学技術の発展に貢献した「京」
なぜ、「富岳」がこのような偉業を成し遂げることができたかについては、後で説明するとして、まずは、スパコンの開発の歴史を簡単に振り返ることにしましょう。
最初にスパコンが開発されたのは米国で、1960年のことでした。その後、1980年代に入り、日本企業もスパコンの開発に注力するようになりました。当時、日本企業は、コンピューターの頭脳であるCPU(中央演算処理装置)そのものの性能を上げることで、計算性能を上げるという路線を選びました。しかしその結果、用途が限定的で汎用性が低く、莫大な費用がかかるスパコンが開発されることとなりました。
それに対し、米国は、パソコン用の安価な汎用CPUを大量に使って、同時並行的に計算処理を実行する「超並列計算」の開発を進めました。それにより、超並列計算によるスパコンが「TOP500」において上位を占めるようになりました。
米国に遅れをとった日本が、超並列計算による汎用性の高いスパコンを実現すべく、国家プロジェクトとして開発されたのが「京」だったのです。
「京」の成功により、超並列計算において日本は米国を抜いて一気に世界のトップに躍り出ました。実際、「京」は、約8万3000個のノード(CPUなどスパコンを構成する機器)で構成されており、これらが超並列計算を行うことで、1秒間に1京(1兆の1万倍)回という高速計算性能を実現しています。
もし、「京」が事業仕分けにより予算削減の憂き目にあっていたとしたら、日本の計算科学および科学技術は、米国や近年台頭が目覚ましい中国に大きな後れをとっていたことでしょう。「京」が果たした役割は計り知れないものがあると言えます。
「京」に残された課題の克服を目指す
とはいえ、CPUの重要な構成要素である半導体の技術が急速に発展する中、スパコンの計算能力は刻一刻と上昇し続けています。また、「京」にはいくつかの課題がありました。
まず、スパコン全体としては高速なものの、「京」に使用している個々のCPU自体は同世代のCPUと比較して際立って優れているとは言えず、まだまだ性能向上の余地があったこと。次に、汎用性がそこそこ高いとはいえ、「京」を動かすには一般的なパソコンやサーバーのソフトウェアとの互換性が必ずしも完全にはとれていないので、しばしば改変などの開発が必要で、「京」を使いたい企業や研究機関にとってはハードルが高かったこと。そして、スパコンの能力が、超並列化を求めた結果としての巨大化により、電力の面でリミットされるようになって、さらなる低消費電力が強く求められたことです。
これらの課題を克服するため、「京」が本格稼働を開始する前の2010年、「京」の次世代スパコンの有志による検討が立ち上がり、2012年に調査研究、そして2014年に正式に開発の国家プロジェクトが開始されました。そして、約10年間の歳月を経て完成したのが、「富岳」というわけです。
「富岳」のプロジェクトでは、「京」で得られた多くの成果を基に、超並列計算のさらなる高速化、高性能化、大規模化を目指しました。その結果、ノード数は「京」の約1.9倍の約15万9000個、ノード1個当たりのコア(計算処理を行うCPUの中核。数に比例して計算能力が向上する)数は、「京」が約66万4000個なのに対し、「富岳」はなんと、その11.5倍の763万個。アプリケーションの計算処理速度は、「京」の最大約100倍を達成させることに成功しました。
加えて、近年人工知能を用いたビッグデータ解析などの「データ科学」が第4の科学として確立されつつあります。「富岳」では、データ科学との親和性の向上も推進しました。それにより、今後は、例えば、理論や原理がよくわかっていないため、シミュレーションが困難だった現象に関しても、膨大な観測データや実験データを基にAIで解析することで、高精度なシミュレーションができるようになることでしょう。
「アプリケーション・ファースト」から始まった「富岳」
では、「富岳」がスパコンの性能ランキングで4冠に輝くことができた理由について説明することにしましょう。
スパコンの研究開発者の間では、スパコンは「作ってなんぼ、使ってなんぼ」と言われています。
「作ってなんぼ」とは、あらゆる最先端技術を開発・駆使してスパコンを作ることで、その技術がIT産業全体に波及し、最終的には一般製品にまで広く応用されていくことに意味がある、という考え方です。一方、「使ってなんぼ」は、幅広い分野において性能や使い勝手を良くして、それによって世の中に役立つ成果を出すことを目指すということです。世の中の発展に大きく寄与することができます。
これまでのスパコンの開発は、まずは最先端技術ありき、つまり「作ってなんぼ」から始まっていたり、あるいは特定の分野を推進するための専用的なマシンの開発が先立っていたりしたのですが、「富岳」は、広い分野における「使ってなんぼ」の視点から開発が始まりました。開発に先立ち、まず、我々の生活をより豊かで安心・安全なものにするための重点課題として、(1)健康長寿社会の実現、(2)防災・環境問題、(3)エネルギー問題、(4)産業競争力の強化、(5)基礎研究の発展、という5分野にわたる9つの「重点課題」が掲げられました。