キッカケは選手会のスト
ヤクルト・スワローズの古田敦也捕手兼任監督が、今季限りで引退・退団することが発表された。そのとき誰の脳裏にも去来したのは、3年前のストライキのことではなかったか?オリックス・ブルーウェーブと近鉄バファローズの合併をきっかけに、それまでの「12球団2リーグ制」を「10球団1リーグ」へと「縮小」する計画が発表され、当時プロ野球選手会会長だった古田は猛然と反対。見事なリーダーシップを発揮し、プロ野球史上初のストライキに突入。野球ファンだけでなく広範な国民的支持を集め、「縮小計画」を阻止したのだった。
日本の「野球界とカネ」に関する問題が噴出したのは、それがキッカケだった。
慢性的赤字経営に悩むパ・リーグ球団の内情が暴露されると同時に、いくつかのプロ球団が「栄養費」の名目で大学や高校に在学中の有力選手へ「金銭的援助」を続けていた「裏金問題」が発覚。この「カネの流れ」は高校野球内部の「特待生」問題にまで飛び火し、プロ・アマを問わない「カネに汚れた野球界」の問題が社会的に騒がれた(、)。
意思決定者の不在
やがて、プロ野球はペナントレースの首位争いやクライマックス・シリーズに沸き、大学野球はハンカチ王子が話題を集め、高校野球も例年どおり開催され、「野球界と裏金」の問題はメディアの表舞台から消えた。が、もちろん、これで問題が解決されたわけではない。まずは、プロ野球界の問題から整理しよう。この一連の事件のなかでのプロ野球界最大の問題点は、コミッショナーおよびセ・パ両リーグ会長という職責にある人物が、まったく動かなかったことである。球団の合併問題のときも、アマ選手への裏金問題が発覚したときも、彼らは何も動かなかった。何の意思も表明しなかった。というよりも、動けず、動く意志もなかった、といえる。
「有力オーナー」といわれる一部の球団オーナーが、合併を画策したり、あるいは不祥事の発覚で自ら職を辞したりはしたが、リーグとしての意思やプロ球界全体の意思は示されなかった。つまり、日本のプロ野球界は、個々の球団の意思によって動いてはいるものの、球界全体の意思が存在しないのである()。
個々の球団は、当然のことながら利害がぶつかり合う。他球団のことはさておき、自分の球団だけは人気を得たい、そのためには強くなりたい、そのためには優秀なアマ選手を他球団に先んじて獲得したい、そのためには少々のルール違反も……となるのは、火を見るよりも明らかだ。そのときには、リーグ全体あるいは球界全体を統括する職責にある人物が、調査し、不正があれば罰を与えるのが当然といえる。ところが日本のプロ野球界のコミッショナーも両リーグ会長も、ほとんど名誉職のような存在であり、意思を持たされていない(権限を委ねられていない)。
「企業野球」と企業の論理
個々の球団運営には熱心でも、プロ野球界全体の「意思」が存在しないのだから、合併問題も、ある特定の球団の利益を目的に画策されたものだった。また、西武ライオンズ球団のアマ球界に対する大量裏金問題が発覚したときも、球界全体の構造的問題としてはとらえられず、自分の球団に「飛び火」しなくてよかった、という程度の認識で幕を閉じた(そのため、この問題は高校野球界に「飛び火」して大騒ぎとなった)。プロ野球界全体の「意思」が存在しないということは、10年後、20年後といったプロ野球界の「将来の青写真」が存在しないことである。そんな組織などありえないはずなのだが、日本のプロ野球組織は「プロ」とは名ばかりの「企業野球」であり、各球団の親会社の利益が最優先される構造になっている。親会社にとっては「全体の意思」など問題ではなく、「子会社の利益」だけが重要事となる。
このような「企業野球」という構造が糺(ただ)され、プロ球界全体の「意思」(将来像)が示されるようにならない限り、個々の球団による隠れた「暴走」(裏金や様々なルール違反)は後を絶たず、いずれ近い将来再び騒がれることになるだろう。さらに、全体の「意思」が存在しない限り、有力選手のアメリカ・メジャーへの流出にも歯止めはかからないだろう。