「不審者に気をつけて」では防げない
人を不幸にする出来事といえども、それを予測できれば予防できる。犯罪も同じである。犯罪も予測できれば予防できるのである。問題は、どのようにして予測するか、である。日本では、「だれ」が犯罪を行おうとしているのかを見極めることによって、犯罪を予測しようとしている。そのため、地域では、不審者を探すパトロールが行われ、学校では、「不審者に気をつけて」と教えている。
しかし、不審者という名の「危ない人」から、犯罪を予測することは不可能に近い。なぜなら、危ないかどうかは、「人」の姿を見ただけでは分からないからである。また、まだ犯罪を行っていない「人」を犯罪者扱いすると、人権侵害にもなる。
このように、「不審者」に注目するやり方は、防犯効果が期待できず、しかも、副作用を起こしてしまう、間違った方法である。正しい方法は、防犯効果が期待でき、しかも、副作用を起こさないものである。その方法が、見ただけで分かる「危ない場所」に注目するやり方である。
犯罪機会論とは何か?
犯罪学では、人に注目する立場を「犯罪原因論」、場所に注目する立場を「犯罪機会論」と呼んでいる。欧米諸国では、犯罪原因論が、犯罪者の改善更生の分野を担当し、犯罪機会論が、予防の分野を担当している。犯罪機会論とは、犯罪の機会を与えないことによって犯罪を未然に防止しようとする考え方である。ここで言う犯罪の機会とは、犯罪が成功しそうな状況のことである。つまり、犯罪を行いたい者も、手当たりしだいに犯行に及ぶのではなく、犯罪が成功しそうな場合にのみ犯行に及ぶ、と考えるのである。
とすれば、犯罪者は場所を選んでくるはずである。なぜなら、場所には、犯罪が成功しそうな場所と失敗しそうな場所があるからである。犯罪が成功しそうな場所とは、目的が達成できて、しかも、捕まりそうにない場所である。そんな場所では、犯罪をしたくなるかもしれない。逆に、犯罪が失敗しそうな場所では、犯罪をあきらめるだろう。
犯罪が起こりやすい場所に注目
このように、犯罪者が場所を選んでくるとすれば、選ばれやすい場所を減らし、選ばれにくい場所を増やせば、犯罪は起こりにくくなるはずである。そのため、犯罪機会論では、犯罪者が選んだ場所、つまり、犯罪者が犯罪に成功しそうだと思った場所の特徴や共通点が研究されてきた。その結果、犯罪者が好む場所は、「(だれもが)入りやすく、(だれからも)見えにくい場所」であることが分かってきた。入りやすいということは、逃げやすいということなので、「入りやすい場所」では、犯行後すぐに逃げられそうで、捕まりそうな雰囲気はない。一方、「見えにくい場所」では、目撃されにくく、通報されることもなさそうなので、捕まりそうな雰囲気がない。
犯罪予測にとって必要なことは、この「入りやすい」「見えにくい」というキーワードを意識し、この「物差し」を使いこなせるようになることである。しかし、「危ない人」に取りつかれていると、なかなか「場所」に目が向かない。そこで必要になるのが、「危ない場所」を探す地域安全マップづくりである。
「地域安全マップ」づくりの推進
地域安全マップとは、犯罪が起こりやすい場所を表示した地図である。地域安全マップは、犯罪機会論を安全教育に応用するために、筆者が考案・開発した手法である。しかし、地域安全マップの普及度は、依然として低いのが現状である。実際には、地域安全マップという名前が付けられたマップでも、3枚に2枚は、間違ったマップになっている。
その典型が、不審者が出没した場所や「変な人に注意しよう」などと書かれた「不審者マップ」である。不審者を外観から発見するのは不可能に近い。無理やり不審者を発見しようとして、知的障がい者やホームレスを不審者扱いしたマップがある。
また、「ひったくりが発生」「痴漢が出没」などと書かれた「犯罪発生マップ」も間違ったマップである。犯罪発生場所に行かないことはできても、知らない場所に行ったら、もうお手上げである。覚えるマップではなく、考える(予測する)マップを作製する必要がある。
さらに、「不安な場所」「怖い場所」とだけ書かれた「非科学的マップ」も間違ったマップである。客観的な判断基準に基づいていないため、自己流で好き勝手に判断したにすぎない。危険性を的確に判断するためには、その根拠となる科学的基準、つまり、「入りやすい」「見えにくい」というキーワードが必要である。
このように、間違ったマップがたくさん出回っている。したがって、地域安全マップの「正しい作り方」を広く行き渡らせることが、差し迫った課題である。
それにはまず、地域安全マップづくりは、人々の危険予測能力を向上させる、能力開発プログラムであり、同時に、地域社会の問題解決能力を向上させる、地域再生プログラムでもあることを意識する必要がある。要するに、地域安全マップづくりは、完成品としての地図を作る「物づくり」ではなく、被害防止能力を高める「人づくり」であり、地域力を向上させる「街づくり」なのである。多くの人が協力して作り上げた地域安全マップは、個人と地域の「未来への航海図」にもなるはずである。