相継ぐ企業の撤退
「企業スポーツ」の撤退が止まらない。特に昨年の秋以降、百年に一度と言われる世界的な金融危機とそれに伴う景気悪化に連動するように、多くの企業が自社の企業スポーツチームを続々と休廃部している。田崎真珠の女子サッカー、西武(プリンスホテル)のアイスホッケー、日産自動車は硬式野球、卓球、陸上まで休止した。また、モータースポーツの分野でも、ホンダがF1から撤退し、スズキや富士重工が世界ラリー選手権(WRC)の活動を終了した。そのほかにも、様々なスポーツイベントのスポンサーの撤退も進んでいる。企業スポーツとは何か
「企業スポーツ」とは、企業がスポーツ選手を社員として雇用する形態のことを指すが、スポーツの興行そのものを主たるビジネスとするかどうか、という点で「プロスポーツ」とは大きく異なる。ただし、スポーツが好きな社員が勤務時間外に自由にスポーツを楽しむ「企業内同好会」とも異なり、「企業スポーツ」では会社の予算を使い、一部勤務時間内にスポーツ活動を行うことを認めている。このような「企業スポーツ」という形態は、世界中を見渡しても日本のほかに韓国や台湾にしかないもので、元々は戦後、学校卒業後の選手の受け皿や、女子工員の健康増進といった理由から盛んになったと言われる。特に日紡、鐘紡、東洋紡などの紡績会社が、社員の福利厚生の一環として相次いで女子バレーボールに力を注いだことで、戦前の「女工哀史」のイメージを払拭した。
企業スポーツは、社内の従業員の志気高揚や一体感の醸成に貢献したことで隆盛を極めた。高度経済成長期の労使紛争の際にも、唯一の労使協調の手段として企業スポーツは有効に機能した。その後、1960~70年代以降にはテレビの普及と相俟って、企業の広告・宣伝の手段としても認識されるようになってきた。
スポーツの側にとっても、企業スポーツという形態のおかげで、特にプロスポーツのない競技では、トップアスリートが安心して競技に専念できる環境が、長期間提供されてきた。
何のためにチームを持つのか
しかしながら、企業内で能力・成果主義型の人事評価が重要視されるなかで、従業員の連帯感を維持することの重要性は薄れていった。また、アメリカの大リーグやヨーロッパのサッカーリーグなど海外のプロスポーツが、国内にいながらにしてテレビ観戦できるようになると、日本の国内リーグの競技レベルを物足りなく感じて世間の注目度も下がり、企業にとっての広告宣伝効果も低下していった。このような環境下で、企業としても「何のためにスポーツチームを持つのか?」を悩み、平成不況に伴うリストラ策の一環として、1990年代後半から2000年代前半に多くの休廃部があった。特に1998~2000年の3年間だけでその数は150近くに及んだ。「何のために?」という企業の悩みを救うものとして、当時話題となりつつあったCSR(企業の社会的責任)やSRI(社会的責任投資)などの考え方を援用しようという動きも出てきた。企業がスポーツチームを所有し支援することは、日本のトップスポーツを支えて国際競技力の維持・向上に寄与しており、また地域でのスポーツ教室等の取り組みを通じて地域貢献も果たしているという考え方である。
確かに最近では、企業が自らのスポーツ活動を社会貢献だと位置づけることも珍しいことでなくなりつつあるが、それでもむしろ、日本○○協会(○○にはスポーツ名が入る)などの各競技団体やリーグが、「社会貢献活動なのだから、辞めずに継続して下さい」という企業への説得に使っている傾向が強いように感じられる。企業にとってCSR活動というのは、結局のところ中長期的な広告宣伝やイメージ向上につながることを目指しているのであって、その効果がない、あるいは、あったとしても費用対効果が低いのだとすれば、継続する必要性に乏しくなっていく。
国際競技力が低下する?
日本のスポーツ界にとっての危機は、チームが休廃部となった後、企業側がクラブや個人へのスポンサーを継続するケースが少ないことである。要するに、チームを所有するのは辞めるが、地域のクラブになったチームをスポンサーという形で継続するとか、リーグの冠スポンサーという形で、国内のトップスポーツに資金を投下しつづけるのならば、まだ良い。しかし、辞めるときはいきなり全部辞めてしまう傾向が強いのである。したがって、企業スポーツの撤退がこのまま続けば、スポーツに投下される民間からの強化資金が相対的に減少することとなり、日本のスポーツの国際競技力の低下は避けられないだろう。スポーツという「商品」
もちろん国際競技力の維持・向上のコスト負担を、税金投入に頼るという選択肢は机上論としてあっても、このご時世で現実的ではない。だとすれば、おカネの出し手である企業に対してビジネス上のメリットを提供していくことが重要であろう。スポーツを「商品」と捉えれば、その「買い手」である企業に対して売り手が価値を提供できなければ、商品が売れなくなるのは当然である。スポーツの「売り手」である競技団体などは、企業との対話を通じて、所有・支援目的に応じた効果が出やすい環境整備や支援活動を行っていく必要があるだろう。例えば、社員の一体感の醸成を望む企業に対しては、その企業の社員の多くが試合を観戦しやすい環境を整えるとか、社会貢献・地域貢献活動の一環として所有している企業に対しては、その企業の貢献内容を一般市民に対して適切に伝えることで市民の理解度を高めるなど、工夫の余地はまだまだあると思われる。スポーツチームを所有・支援する企業にとって、コストに見合った経営上のメリットが感じられなければ、今後も企業のスポーツ離れは止まらないのではないだろうか。