ファッション版「安い・うまい・早い」
話題のファストファッションとは何か? トレンドのファッションを安価に素早く入手できるもの。つまり、ファッション版「安い」「うまい」「早い」の意味である。日本上陸の歴史は1990年代、スペインのZARA(ザラ)に始まった。当時は、輸入商品の掛け率(定価に対する仕入れ値の割合)が安定せず、海外ブランドの価格に不信感を持っていた消費者を、世界各国の通貨で表示した世界共通価格タグで安心させ、そのうえ格好いいトレンチコートが1万円強で購入できる価格設定は大きな衝撃であった。そして2009年日本は未曾有の不景気に見舞われると同時に、ファッション界は“黒船の襲来”に激震が走った。ファッション界の黒船襲来
2008年9月に、スウェーデン発グローバルブランドH&M(エイチ・アンド・エム/ヘネス・アンド・マウリッツ)銀座店がオープン。開店時には約5000人の行列ができ、人気を増幅させた。ZARAの半値以下、あるいは3分の1の価格で購入できる「安物だがトレンディーで可愛い」H&Mは、広い年齢層に受け入れられ、安価ではないがバカ高くもないセレクトショップ人気が生んだ「大人買い」という言葉を一気に定着させた。カジュアルな重ね着がトレンドだったこともブームを加速させた。だが、過去にもイギリスの「ブーツ」「ジグソー」、香港の「エスプリ」「エピソード」などが、話題満載で上陸しては撤退していった。いったいいま話題のH&Mなどのファストファッションとなにが違ったのだろうか?段違いのトレンド感
それはやはり、とびきりの安さ、コレクションから引っ張ってきたトレンド性、コピーのアレンジのうまさが段違いなのである。例えばファストファッションの中でも最も安価な「FOREVER21(フォーエバー21)」では、ワンピース1000円、ブラジャー800円、ショーツ300円台というのが通常価格である。基本的には「しまむら」も同価格帯。だが、フォーエバー21では、ショーツひとつ取ってみても、細かいフリルが部分的にデザインされていたり、しゃれたカモフラージュ柄にレースが程よくトリミングされていて、安いけれど“安っぽさ”は感じられない。趣味の違いはあるが「しまむら」がフルーツ柄など、ドメスティック市場に向けての商品展開であるのと比べると、グローバルなトレンド感には格段の違いがある。
最近の女子大生の好きなブランド調査では、1990年代に上位であった「グッチ」「プラダ」が姿を消し、「ルイ・ヴィトン(LV)」は残るものの、アルバイトしても欲しかったプラダの靴などの代わりに、まずブランド認知度として「ユニクロ」が入り、続いて「しまむら」がベスト10に入っている。
景気後退と高価格疲れ
これは何を意味するのか? 最大の理由は、90年代中盤までファッション・ヒエラルキーの頂点にいたラグジュアリーブランドの高額化が進みすぎ、ファッション好きとは言え、女子大生や一般の人たちには遠い存在になってきたことだ。価格戦略はラグジュアリーブランドの明暗も分けている。人気アーティストと常にコラボレーションして、手を変え品を変え目先を新鮮に保ちながら、エントリープライス商品を提供し続けるLVの戦略は、若い顧客を取り込みつつ、同時にアートという知性を内包するオリジナリティーに富んだ品質を提供し、貴族財としての魅力も発揮し、ブランドの王者の風格を維持する。一方、高い職人技による、高価格帯のみの展開でブランドイメージを構築してきた「ボッテガ・ヴェネタ」は、60万~80万円前後の中心プライスに大衆人気は離れていった。高価格疲れが消費者離れを起こしたのだ。そこに景気後退が重なった。タイミング良く登場したのがファストファッションである。だが、このままこの人気は続くのか?
ユニクロの戦略
ラグジュアリーブランドに見られるオリジナリティーある先見性は、ファッションに不可欠なものである。その要素を持ちながら、安い素材、大量生産による簡易な縫製から生み出される低価格は、ファッション初心者かつ10~20代前後の層には魅力的だ。カシミアやシルクなど品質にこだわるのは30歳過ぎてからだ。ドメスティックブランドでそのあたりをうまくとらえているのはユニクロだ。H&M、フォーエバー21などと違うのは、基本形デザインを重視しながら、上質な開発機能素材を量産によって安価に提供している。2008年の「ヒートテック」の大ヒットは、品質への信頼感が、ファッションセンスを超えたものとして存在していることがわかる。
また、元祖ファストファッションの「渋谷109」もあいかわらず元気がよい。クールな「姉ブランド」の伸び悩みに対して、「ココルル」などのティーン向けハッピーカラーの元気印はJ-POPファストファッションの象徴だ。
ファッションの主役交代か?
外資系ファストファッションは、08~09年のファッション界の話題をさらい、社会現象としても取り上げられたが、ある意味過大評価であろう。あたかもラグジュアリーブランドに代わる勢力のような取り上げられ方をされたが、まったく別物である。ファストファッションは、元はといえば、安くトレンドファッションを買いたい低所得者層、ティーンズ層に向けたブランドであり、1シーズンごとの着捨てが前提である。
親子代々受け継がれてゆく貴族財であるラグジュアリーブランドが日本では大衆的な人気を呼んだのと同じくらい不思議な現象が、老いも若きもH&Mやフォーエバー21に行列を作る現象なのだ。しかし、これも最近は見られなくなった。安物疲れというか、必要でなくても安いから大量に購入するというやり方にすでに飽きがきている。「黄色い袋はもう見たくない」という声を聞いた。「フォーエバー21」「マツモトキヨシ」「ABCマート」、安さと膨大な品ぞろえで人気を呼ぶこの3店は、偶然にも黄色いビニールのパッケージだ。
消費者の選別購入の時代へ
「安くて可愛い」への熱狂が収まった後、冷静になった消費者は選別購入の段階に入るだろう。ラグジュアリーブランドに対して消費者が変わらぬ魅力を感じているのは、アウトレット人気が物語っている。一過性のものはファストファッションで買い、コートなどは高級ブランドで、という購入形態にやがて落ち着くのではないか。特に30歳以上の客層をどのくらいつかんでいけるかが正念場である。