アジアチームのイメージ覆す
なでしこジャパンの優勝は、東日本大震災後で最も明るい、勇気づけられる出来事--。そう評価する人が多い。2011年6月26日から7月17日まで、ドイツ9都市で開催されたFIFA女子ワールドカップドイツ2011。1991年の第1回大会から6大会連続出場の日本女子代表(なでしこジャパン)は、初めて進出した決勝戦で、FIFAランキング1位のアメリカと延長戦まで戦って2-2、PK(ペナルティーキック)戦3-1で勝って初優勝を飾った。
男女のU-17(17歳以下代表)ワールドカップではアジアのチームが優勝を飾ったことはある。しかし、年齢制限のないワールドカップで、アジアに優勝カップがもたらされたのは初めてのこと。日本サッカーにとっての快挙は、アジアのサッカー全体にとっても歴史的な出来事だった。
これまで、アジアのサッカーは大きな劣等感をもっていた。体が大きく、圧倒的なパワーとスピードを誇るヨーロッパ、伝統に基づく技術の高さで世界をリードする南米、そして体の大きさを超えたフィジカル能力を前面に押し出すアフリカ。それらの諸地域に対し、アジアのチームはいかにも非力で、技術も十分でなく、フィジカル能力で劣っていた。だが、なでしこジャパンはそのすべてを超えてみせた。その要因はどんなところにあったのだろうか。
「巨人」相手に負けない当たり
第一に、1次リーグではイングランドに0-2で敗れたものの、準々決勝で当たったドイツ、準決勝で対戦したスウェーデン、そして決勝の相手であるアメリカといった「大型チーム」に対し、一歩も引かない戦いを見せたことが挙げられる。日本の平均身長は160センチ台の前半。相手は10センチも大きい。男子でいえば、平均身長190センチのチームを相手にするようなものだ。背の高さだけでなく、体重、筋肉の量でも圧倒的に違う。
そうした「巨大」な相手に、持ち前の技術を発揮できずに敗れていたのが、以前のなでしこジャパンだった。しかし今回は、ヘディングでも果敢に競ってしばしば勝ち、当たり負けせずに自分たちの攻撃を進めることができた。
この背景には、2004年、アテネ・オリンピックに出場して「なでしこ」ブームをつくった上田栄治監督(現在日本サッカー協会女子委員長)の後を継いだ大橋浩司前監督の取り組みがあった。大橋監督は、それまで「不利だから」とできるだけ避けようとしていた体と体のぶつかり合いを避けず、果敢にぶつかっていくよう要求した。そして「代表」の練習とは思えないような、スライディングタックルやヘディングの練習を繰り返した。
その結果、日本の選手たちは驚くほどたくましくなった。今大会の「陰のMVP」のひとりであるセンターバックの岩清水梓(日テレ・ベレーザ)は、「162センチ」という小柄な選手(以前は161センチだったはずだが……)ながら、180センチクラスの相手FW(フォワード)と互角に競り合い、チームに大きく貢献した。
技術力で相手を圧倒
優勝の要因の第二に挙げられるのは、やはり技術の高さだ。日本のパスワークはすべての試合で相手を圧倒し、全6試合で相手より長い時間ボールを保持することに成功した。そこから相手の守備組織を崩した回数が多かったとは言えないが、ボールを保持することで守備の負担を軽減し、また相手を走らせて疲労させるという大きな効果があった。その中心となった澤穂希(INAC神戸レオネッサ)、宮間あや(岡山湯郷Belle)、阪口夢穂(アルビレックス新潟レディース)といったMF(ミッドフィールダー)陣のパス交換の技術と戦術は、出場16チームのなかでも群を抜いていた。
また、交代選手として使われることが多かったものの、FW丸山桂里奈(ジェフユナイテッド市原・千葉)、MF川澄奈穂美(INAC神戸レオネッサ)、FW岩渕真奈(日テレ・ベレーザ)といった選手たちの、鋭くとらえどころのない、それぞれに個性的なドリブルは、対戦チームを悩ませた。
身体的接触をいとわない自信が、本来の技術をフルに発揮させたのが、今大会のなでしこジャパンだった。
あきらめない勇気で栄冠つかむ
そして第三の要因、それが勇気である。厳しい戦いのなかで、そして苦境に陥ったときにも、なでしこジャパンはけっしてあきらめず、くじけなかった。そして苦しくなればなるほど、個々の選手が自己のもてるものを100%発揮し、道を切り開いた。ニュージーランド戦で決勝のFK(フリーキック)を決めた宮間。メキシコ戦で、相手3人を前に置いてマジックのようなテクニックを見せ、シュートをたたき込んだFW大野忍(INAC神戸レオネッサ)。大野は、0-1で迎えた準決勝のスウェーデン戦でも果敢なドリブルで攻撃を切り開き、同点ゴールの原動力となっている。
得点を記録することはできなかったものの、全試合にFWとして先発し、攻撃を引っぱるランニングを見せた安藤梢(デュイスブルク)。落ち着いたパスと果敢な攻め上がりを見せた両サイドバックの近賀ゆかり(INAC神戸レオネッサ)と鮫島彩(ボストン)。6戦を通じて見違えるばかりに成長したセンターバックの熊谷紗希(浦和レッズレディース→フランクフルト)。そして大きな相手との空中戦に果敢に挑んだGK(ゴールキーパー)海堀あゆみ(INAC神戸レオネッサ)。
それぞれの選手の勇気を、堅い団結でつないだ結果、大きな力が生まれた。
自分のためではなく、誰かのために、そしてチームのために戦う--。「なでしこらしさ」にあふれた試合を貫いたからこそ、サッカーの神様がほほ笑んでくれたのだ。