困難を極めた現地活動
「ペットのえさを持ってくるガソリンがあるのなら、まず人間の食料を持って来い!」「医療品や赤ちゃんの粉ミルクを持って来て!」
こんな罵声が、極限状態の避難所で動物救護に当たる我々への洗礼だった。
ペットの市民権が拡大した今でも、「人の救護が優先」という大前提がある。家や財産を失い、不自由な暮らしにいらだつ人々の気持ちを逆なでしないよう、愛する家族を失った人々の心の傷に配慮しながら、粛々と犬猫たちの救護活動は進められた。
今回の東日本大震災では、東京電力福島第一原子力発電所の事故により、放射性物質の拡散という前例のない災害に見舞われ、多くの住民が避難を余儀なくされた。そのために、この地域の被災動物の救護は困難を極めた。ある飼い主は錯そうする情報を一人で判断してペットの救出に向かい、被ばくというリスクを背負った。一方で、政府の指示に忠実に従い、警戒区域内にペットを残した飼い主は、後にペットの餓死という悲劇にさいなまれた。
私たちが取り組んだ、警戒区域内に残るペットたちの救助は、福島県と県動物救援本部、環境省、県獣医師会などで協議し、飼い主の一時帰宅に合わせて行われた。一時帰宅のために設けられた4つの中継地点に毎回窓口をつくり、ペットの救出を希望する住民にケージ類を貸し出し、県の職員や環境省の委嘱を受けた獣医師が協力して保護。さらに、連れ帰った動物の放射線量をチェックし、飼い主に引き渡すかシェルターに移すという一連の作業が、一時帰宅が始まった5月から約4カ月間続いた。
現在では、福島県と各自治体からの人員支援により、警戒区域内の動物の一斉保護が行われている。そして、県が設置したシェルターや県内外の動物病院などには、今なお300頭以上の犬猫たちが我が家に帰れる日を待っている。
場当たり的正義感が裏目に出ることも
「目の前にいる小さな命を救おう」というのは、一見美しいスローガンに見える。しかし、手前勝手な正義感がかえって混乱を招くケースは少なくない。たとえば、いち早く被災地に駆け付けたボランティアの人が、“置き去りにされているかわいそうな犬や猫”を見つけて保護した。本人は人道的行為のつもりでも、保護情報の記録や届け出もなく、保護したことを飼い主に連絡をしなければ、無断で連れ去ったことになってしまう。後日、ペットを連れに帰宅した飼い主が、「盗難」だと憤るケースもあった。善意に基づく行為でも、一歩間違えればありがた迷惑どころか犯罪にもなりかねないのだ。
避難勧告に伴いペットを残して避難した飼い主に対し、「家族同然のペットを置いてくるとはひどい飼い主だ」という非難の声もあった。しかし実際のところは、2~3日で戻れるというアナウンスを信じた、避難所で周囲に迷惑をかけられない、高齢者や病人を抱えてどうしてもペットまで手が回らないなど、どれをとっても苦渋の決断だった。
ペットとの同行避難が望ましいとされていても、必ずしもそれが正解とは限らない。現地で飼い主の話を聞くたびに、地域性や個人の事情をくみ取らずに外野が不用意に批判するべきではないと痛感する。
前例のない被害状況のなか、さまざまな団体や個人が、各自の倫理観や愛護観に従って被災動物の救護に当たった。しかし、動物、飼い主、社会の三者にとって好ましい判断が正しくできていたのか、自分も含め、動物救護のあり方に関して大きな反省と課題が残る。
現地での救援活動を支援する「どうぶつ救援本部」
天災、人災を含む緊急災害で被災したペットの救済活動に特化した専門組織として、日本には「どうぶつ救援本部」(正式名称:緊急災害時動物救援本部)がある。これは1995年の阪神・淡路大震災の後に設立したもので、(財)日本動物愛護協会、(公社)日本動物福祉協会、(公社)日本愛玩動物協会、(社)日本獣医師会の4団体によって構成され、災害時に迅速に結成される。大規模災害が発生すると、現地の行政や獣医師会などによって、順次ペット救援の拠点がつくられる。これに対して「どうぶつ救援本部」の主な役割は、東京の本部から現地の行政や獣医師会などと連携を取りながら、拠点立ち上げのインフラ整備に始まり、義援金の募集、情報や資金、物資などをタイムリーに提供するといった後方支援である。今回の災害は被災地域が広域で、自治体もろとも被災したケースも多かったため、どうぶつ救援本部も後方支援にとどまらずに、現地へ乗り込んで包括的な支援活動を行った。
私自身は日本愛玩動物協会の一員としてこの組織に携わり、「現場チーム」としてさまざまな被災地で救援活動や現地調査などを行っている。
真の意味でのペット動物救援とは
組織的な被災動物の救護を考えるとき、シェルターの設置などの“ハコもの”に関心が向かいがちだ。しかし、ペットである犬や猫たちにとって最良の環境とは、「飼い主とともに暮らせること」にあり、私は常にペットと飼い主の絆を守ることを念頭に活動している。目指すべきは飼い主との同行避難であり、避難所や仮設住宅でのすみ分けの確立にある。それが困難な場合の受け皿、あるいは飼い主不明のペットの保護を目的としてシェルターがあるが、ペットにとってシェルターの滞在期間は短いほどいいと考える。避難所への同行避難は以前に比べて増えてきており、ガイドラインを示している自治体も一部にはある。しかし、不自由の多い避難所で、動物が苦手な住民との共生は一筋縄ではいかない。
そこで重要になるのが、平時にどこまで準備ができているかである。たとえば、普段から健康・清潔でしつけが行き届き、人に慣れているペットは、ワクチン接種もせずムダぼえさせ糞(ふん)を片づけない飼い主のペットより、好意的に受け入れられるだろう。日頃から近所の飼い主同士のコミュニケーションがあれば、協力し合って避難所内でのペット連れ家族の環境整備をよりよくしていけるだろう。
また、畜犬登録を自治体にきちんとしていれば個体数が把握しやすくなり、その分、迅速な救済が可能となる。
いつ起こるかわからない大災害に備えて
福島県では現在も警戒区域内に犬猫が残っていて、野犬化や繁殖の問題に直面している。シェルターで保護しているペットたちが引き取られる日まで、運営には資金やマンパワーが必要だ。世間の関心が月日の経過とともに薄れていくなか、救援活動はまだまだ続いていることを改めて強調したい。今回の経験を踏まえ、動物を保護する際は、飼い主に対して保護した者の連絡先などをメッセージとして必ず残すなどのルールを周知する必要がある。そのためには、被災地でペットを救護する際のガイドラインを作成し、多くの人とルールを共有していかなければならない。