音のしくみ-基音と倍音
「倍音」とはいったい何なのだろうか。まずは音のしくみから見ていこう。たとえば、「ド・レ・ミ」などの音は、それぞれが1つの音としてとらえられがちだが、実は複数のさまざまな音によって構成されている。この「さまざまな音」を倍音と言う。音のなかに倍音がどのように含まれているかによって、異なる音色が作られるのである。また、音の構成要素には、倍音のほかに「基音」(きおん)というものがある。基音は、音のなかで一番周波数の低い音で、その名の通り、音の基本となる音である。基音だけの音は、たとえばテレビの試験電波や音叉の音をイメージしてもらえれば良いだろう。人の声は、基音だけを出すことはできない。
この基音の倍数の周波数を持つ音が、倍音である。倍音はさらに大きく「整数次倍音」と「非整数次倍音」の2つに分けることができる。
「整数次倍音」とは、基音の振動数に対して整数倍の周波数を持つ音である。弦をモデルに考えてみよう。弦が振動するとき、弦の全体が揺れているように見えるが、実際には、全長だけでなく、2分の1、3分の1、4分の1…というような振動が同時に起こっている。管の場合にも同様な現象が起きる。このようにして生成されるのが、「整数次倍音」である。
もうひとつの「非整数次倍音」は、不規則な周波数を持つ音で、弦がどこかに触ってビリビリとしたような音にたとえられる。通常とは異なった条件により、整数倍ではない振動が発生したことによるもので、これが非整数次倍音である。
図表1~3を見てもらいたい。これは、私が尺八で鳴らした同じ音高の3種類の音色を図表化したものである。が「基音」だけ、が「整数次倍音」を含む音、そしてが「非整数次倍音」を含む音である。
基音に整数次倍音を加えていくと、艶のある音に、そしてギラギラした感じの音になっていく。また、基音に非整数次倍音を加えていくと、カサカサした風のような音になる。
この整数次、非整数次倍音の性質、働き、そしてそれらの倍音が特徴的な音、声をまとめると、のようになる。
それでは、これらの働きはなぜ、どのようにして起きるのだろうか。次に、音と脳の関係からその謎に迫ってみよう。
音と脳の関係
ここでは、心地よい音の秘密を、2つの説から見ていきたい。1つは、「日本人の脳」(角田忠信著、大修館書店 、1978年刊)という本により発表されたものだ。人間の脳は、「一般的に左脳が言語を司り、右脳が空間・音楽の認識などを行う」と言われてきた。ところがこの著者の研究によって、日本人と西欧人では、音の種類により、反応する脳の部位が異なることがわかったのである。
たとえば、感情音(泣、笑、嘆、甘)、自然音、鳴き声(動物、虫、鳥)、邦楽器に対し、西欧人は右脳で反応し、日本人は左脳で反応している。これらの音はみな、自然界にある音であり、「非整数次倍音」を適度に含んでいる。言い換えれば、これら自然音を日本人は、言語としてとらえ、西欧人は単なる音としてとらえているとも言える。
つまり、日本人が「鈴虫」の声にひかれ、哀愁を感じるのは、この音を左脳で言語としてとらえているのが原因だと言えるだろう。これは、私たちが虫の羽音を「声」と表現することからも容易にうかがえる。
さらに「非整数次倍音」は、重要性、親密性を表すときに使用される。感情を込めた言葉を発するとき、私たちは自然と小声で「非整数次倍音」を含む話し方をしている。「非整数次倍音」は、感情(心)に訴えかけやすい音なのである。
2つ目は、「ハイパー・ソニック・エフェクト」という学説である。国際科学振興財団主席研究員で、文明化学研究所の大橋力所長が2000年にアメリカ生理学会の論文誌に発表した論文である。ここでは、人間は可聴音と26キロヘルツ以上の音、つまり人間の耳で聞き取れない高周波域の音を合わせて聞くと、α(アルファ)波の他、脳内で快感を与える物質、そして体内でも体に良い物質が出て、気持ち良くなってくるということが証明されている。人の声は、「整数次倍音」が非常に高域まで出るので、これを聞くとみな気持ちが良くなり、ひいてはその声を発している人を好ましく、尊敬の対象として見るようになる。したがって「整数次倍音」の強い声の人はカリスマ性、そして荘厳な雰囲気を持つようになるのである。
カリスマ性のある歌手、親しみやすい芸人の秘密
世界中のあらゆるところに存在する音や声は、基本的に倍音を持っており、整数次倍音を多く含むもの、非整数次倍音を多く含むもの、両方ともに多く含むもの、また逆に両方とも少ないものなどに分類することができる。最後に、一般的によく知られている歌手や芸能人の歌声や話し声を倍音で分類してみよう。その人が持つ倍音の傾向によって、受ける印象が大きく異なることが理解できるはずだ。もちろん、同じ人間でも曲や話し方によってその人が持つ倍音は変化するので絶対ではないが、おおまかな傾向を知ることはできるだろう。縦軸に整数次倍音の量を、横軸に非整数次倍音の量をとった図を思い浮かべてほしい。縦軸の上にいくほど整数次倍音の量が増え、右にいくほど非整数次倍音の量が増える。そして、ゼロ点に近づくほど、整数次、非整数次倍音の量は少なくなる。まずは、整数次倍音が多いグループから見ていこう。整数次倍音が多い人には、黒柳徹子、郷ひろみ、浜崎あゆみ、といった人たちがいる。彼らは、ギラギラした感じを聞き手に与える声を持っている人たちだ。少しカサカサした非整数次倍音が混ざる声が、アンジェラ・アキなど。それよりもさらにかすれた音が多く入るのが、Mr. Childrenの桜井和寿の声である。この人たちは、総じて声にカリスマ性を感じさせる人たちだと言える。私たちはギラギラとした声を聞くと、最初は少し変わった声かなと思う。しかし、時間をかけて聴いているうちに気持ちが良くなり、そのカリスマ性に取り込まれてしまうのだ。
もう一方の非整数次倍音が多いグループはどうだろうか。非整数次倍音が最も多い、典型的な声の持ち主としては、森進一、八代亜紀、青江三奈、といった演歌歌手が挙げられる。演歌以外では、宇多田ヒカル、スガシカオ、桑田佳祐など。整数次倍音の比率がやや増えるのが、平原綾香、CHAGE and ASKAのASKAなど。MISIAや中島美嘉などの声では、さらに整数次倍音が多くなる。この人たちは総じて情緒、親しみやすさを感じさせる声の持ち主である。彼らの声を聴いていると、私達の心にぐっと近寄ってくるような気がしないだろうか。
最後に、整数次と非整数次、ともに群を抜いて多いのが、美空ひばりである。この人は1曲のなかで整数次と非整数次を絶妙に使い分けることができる、まれな人であった。
ここまで駆け足で倍音の魅力を紹介した。これを機会に、好きなアーティストや芸人の声、自分の興味ある音をもう一度聴き直してみてはいかがだろうか。