王座奪還に牙を研ぐアメリカ
女子サッカーの世界の2大大会は女子ワールドカップとオリンピック。女子ワールドカップは1991年にスタートし、4年ごとに開催されて昨年で第6回になった。一方、オリンピックの女子サッカーは96年のアトランタ大会で初めて正式種目に加えられ、2008年の北京大会まで4大会を戦ってきた。この過去10回の世界大会のうちなんと半数の5回(ワールドカップ2回、オリンピック3回)を制覇しているのがアメリカだ。そのアメリカの誇りを打ち砕いたのが昨年のワールドカップのなでしこジャパンだった。パスワークとチームワーク、そしてどんな状況にあってもけっしてあきらめないスピリットで、なでしこジャパンはアメリカに2回のリードを許しながら追いつき、PK(ペナルティーキック)戦で突き放して優勝を飾った。
当然、アメリカは女王の座を奪還しようと牙を研いでいる。今年6月にスウェーデンで対戦したときには、前線から激しくプレスをかけてなでしこのパスワークを封じ込め、ボールを奪うと一気にFW(フォワード)に送ってフィジカルの強さにものを言わせる戦いを挑み、日本のDF(ディフェンダー)ラインを脅かした。昨年までのアメリカはきちんとパスをつなぐスタイルだったが、突然の豹変になでしこは対応できず、1-4の完敗を喫した。
アメリカだけではない。ずっと「優勝候補の一角」と言われながらいまだにタイトルのないブラジルも、スウェーデン、カナダといった世界女子サッカーをリードしてきた国々も、今回は日本の弱点をしっかりと研究し、そこを徹底してつこうとするだろう。そうした相手を一つずつ下して「金メダル」に向かっていくのが、今回のなでしこの戦いだ。
実はアメリカが「世界大会10回のうち5回優勝」と言っても、連年で行われるワールドカップとオリンピックの連続優勝はしたことがない。なでしこジャパンがそれを成し遂げれば、史上初の快挙ということになる。
なでしこジャパンはワールドカップの18人
さて、ロンドン・オリンピックに出場する18人のメンバーは7月2日(月)に発表されたが、全員が昨年のワールドカップに出場した選手だった。レギュラーと見られるメンバーも、昨年のワールドカップとほぼ変わりはない。GK(ゴールキーパー)は福元美穂(岡山湯郷Belle)あるいは海堀あゆみ(INAC神戸レオネッサ)。
DFは右から近賀ゆかり(INAC神戸レオネッサ)、岩清水梓(日テレ・ベレーザ)、熊谷紗希(1.FFCフランクフルト)、鮫島彩(ベガルタ仙台レディース)。
MF(ミッドフィールダー)は澤穂希(INAC神戸レオネッサ)と阪口夢穂(日テレ・ベレーザ)が「ボランチ」を務め、右に川澄奈穂美(INAC神戸レオネッサ)あるいは大野忍(INAC神戸レオネッサ)、左に宮間あや(岡山湯郷Belle)。
FWは大儀見(旧姓永里)優季(1.FFCトリビューネ・ポツダム)と安藤梢(FCR2001デュイスブルク)。
おなじみのメンバーが並んでいる。
佐々木則夫監督は、当然、新しい戦力を注入してチームの活性化を図ろうとした。その第一候補として抜群のスピードを誇る18歳のFW京川舞(INAC神戸レオネッサ)に期待をかけたが、5月に左ひざに大けがを負ってしまった。ゴール前での体を張ったプレーが得意なFW菅澤優衣香(アルビレックス新潟レディース)も、オリンピックに向けての強化試合でぐんぐん力をつけて期待されたが、京川と同様、左ひざに大けがを負ってしまった。
その結果、「昨年とまったく同じ」と言っていいメンバーになってしまったなでしこジャパン。しかし大きく違うところがある。
成長著しい大儀見を核に攻撃力アップ
FW大儀見だ。昨年のワールドカップでは「永里優季」としてプレーしていたが、結婚により今回のオリンピックから姓が変わった。変わったのは姓だけではない。昨年のワールドカップでは、「エース」と期待され、初戦のニュージーランド戦で先制点を決めたが、その後は思うような活躍ができず、不完全燃焼に終わった。しかし、今年にはいると安定したポストプレーとゴール前にはいっていく迫力が増し、とくにヘディングシュートの威力が増して本物の「エース」となった。7月11日にオーストラリアを迎えて戦った壮行試合でも見事なゴールを決め、存在感を示した。
センターフォワードが頼りになると、チームの最前線にしっかりとボールが収まり、攻撃は非常にスムーズに、そして多彩になる。大儀見の成長により、なでしこの攻撃力は昨年の30%増しと言っても大げさではない。
懸念は3月に「良性発作性頭位めまい症」を発症したMF澤、けがで6月の強化試合を欠場したDF岩清水、昨年のワールドカップ後に大けがを負ったFW岩渕真奈(日テレ・ベレーザ)とFW丸山桂里奈(スペランツァFC大阪高槻)ら、コンディションに不安をかかえる選手がいることだ。「オリンピックには十分間に合う」という計算に基づいての選出だったのだろうが、登録が18人と通常の国際大会(女子ワールドカップでは21人)より少ないなかで不安はある。
武器は華麗なパスと不屈のスピリット
過去2回の大会と同様、なでしこジャパンはオリンピック全競技の先陣を切る。7月27日のオリンピック総合開会式に先立って、女子サッカーは7月25日(水)に開幕するからだ。グループFでの対戦相手は、25日カナダ、28日スウェーデン、そして31日南アフリカ。いずれも強豪だが、出場12チームの女子サッカーではグループ3位でも準々決勝進出の可能性がある。その準々決勝は8月3日。ここを突破できれば「メダル」は目前だ。
なでしこジャパンの力の源泉は、多くの人が「バルセロナのようだ」と表現する「パスワーク」とチーム一丸となって最後まで戦い抜く「チームスピリット」。日本を研究してチャレンジしてくる対戦相手に気持ちで負けず、この2つをピッチ上で表現することができれば、メダルだけでなく、史上初の「ワールドカップ-オリンピックの連続優勝」も十分可能だ。