フランス人だからこそ発見できた魅力
フランスでソムリエをしていた私が日本茶に興味を持ったのは、来日した1992年、当時、東京・青山にあった紅茶専門店に勤めたことがきっかけでした。そこでは、世界中から集めた約440種類の茶葉を扱っていて、日本茶も何種類かありました。そのとき、お茶もワインと同じように、それぞれの色を見て、香りを楽しんで、味わうものだと知ったのです。その後、転職先のブライダルコンサルタント会社で飲料部門のプロデュースを任された際、披露宴のソフトドリンクはウーロン茶とオレンジジュースが定番で、日本茶がないことに疑問を持ちました。どうやら、日本茶は湯を沸かして“淹れる”手間がかかること、良い茶葉は他の飲み物と比べると決して安くないことなどが、その理由らしい。
そこで私は、水出しの緑茶を用意させることにしました。ごく普通の煎茶の葉を3時間ほど水に浸すだけで、十分な風味が出るし、ワイングラスに注げば白ワインのような透き通った上品な色になる。これならお祝いの席にも合うし、日本茶に慣れ親しんだお年寄りはもとより、アルコールが苦手な方にも喜ばれるはず。実際、この試みは各地の披露宴会場で大好評でした。
以後、日本茶についていろいろ調べながら全国のお茶の産地を訪ね歩くようになったのですが、生産農家の地道な努力や、茶葉の質の高さにもかかわらず、日本茶の需要と販売量は年々減少傾向にあることを知りました。そんななか、家族と共に訪れた静岡県川根本町。私はここで、斜面いっぱいに広がる茶畑に遭遇しました。山と川に囲まれ、太陽の光が燦々(さんさん)と降り注ぐその光景は、私の故郷・リヨンのブドウ畑を思い起こさせるものでした。そのとき、日本茶をワインのように付加価値の高い製品としてアピールすれば、消費量を拡大できるのではと考えたのです。私の母国・フランスには、ブドウの品種、産地、香り、味の異なった様々なワインがある。これは日本茶にも通じるところであり、フランス人だからこそ発見できた日本茶の魅力だと思っています。
その魅力を発信する場として、2005年、東京・吉祥寺に日本茶専門店「おちゃらか」をオープンしたのです。
目・鼻・口で楽しむフレーバーティー
日本茶になじみのない若者や外国人にその魅力を広く知ってもらうため、「おちゃらか」では日本茶のフレーバーティーを開発、販売しています。夏みかん、桃、さくら、よもぎ、こんぶなど、店で扱うフレーバーティーは20種類以上。そのほか、ストレートティーも10種類以上そろえています。
外国人、特に欧米人は、日本茶というと抹茶のイメージが強く、青汁のような見た目と独特の苦さに抵抗を感じる人も多い。ましてや、緑茶の香りや微妙な甘みを理解してもらうことは難しく、そういう人に、いきなり「玉露は素晴らしいお茶だから飲んでみて」と言うのは、ワインを飲み慣れていない人に最高級のビンテージものを薦めるのと同じことです。
そこで、欧米人が好んで飲む紅茶のフレーバーティーをヒントに、緑茶やほうじ茶に果物、花、ハーブなどをブレンドして香りを付けました。また、茶葉に花びらやドライフルーツをあしらって、見た目でも楽しめるようにしてあります。これを水出し茶にしてグラスに注げば、美しい色合いと芳しいフレーバーに惹かれ、欧米人も興味を持って口に運んでくれます。そうなれば、次のステップとして煎茶や番茶、玉露など、フレーバーのない本来の日本茶も飲んでみたいと思うようになるものです。目で見て、鼻で香りを楽しみ、舌で味わう。これが、「おちゃらか」で提供するフレーバーティーのコンセプトであり、日本茶になじみのない人へのアプローチ法でもあります。
その効果を実証したのが、08年にスペインで開催されたサラゴサ国際博覧会でした。日本館で振る舞われる公式飲料に、私が考案したオリジナルフレーバーティーが選ばれたのです。「サラゴ茶(さらごさ)」と名付けたそのお茶は、川根本町産の茶葉に、スペイン産のバレンシアオレンジをブレンドしたもの。会場ではあえて日本茶だとは言わず、白ワインのような水色(すいしょく)と、スペイン人になじみのあるオレンジの香りで来場者を誘いました。すると、「フルーツの香りはするけど、甘くないし、さっぱりしている。これは一体何なの?」と矢継ぎ早に質問され、そこで初めて日本茶だと明かす。ここから興味を引き出し、日本茶ファンを増やすことに成功しました。実際、93日間の会期中に振る舞われた「サラゴ茶」は約97万杯。アンケートでも「おいしかった」「日本茶に興味を持った」という声が多く聞かれました。
恐らく、茶道の作法で抹茶を振る舞ったのでは、「珍しい体験をした」という感想だけで終わってしまったでしょう。なじみのない文化や、めったに味わえない最高級品で勝負するよりは、ごく普通に手の届く範囲の良品を、身近なスタイルで紹介するほうが、日本茶を楽しむ新たな購買層を開拓し、裾野を広げていくことにつながるのです。「おちゃらか」の客層が若者中心であることからも、私のアプローチ法は間違っていなかったと確信しています。
身近な食材で地域活性化を!
私の商品開発には、お茶の産地との連携は欠かせません。生産農家の人たちとの対話はもちろん、「おちゃらか」のお客さんと一緒に川根本町を訪ねるツアーを毎年実施して、茶摘み体験をしたり郷土料理を楽しんだりしながら、地元の人たちとの交流を図っています。産地の魅力や生産農家の地道な努力、茶葉ができるまでの苦労を知ってもらうことも、日本茶の消費拡大には不可欠なのです。13年6月から販売している「四万十河原茶(しまんとかわらちゃ)」も、地域との連携から生まれた商品です。これは、高知県四万十市で昔から飲まれている健康茶「河原茶」をベースにしたもので、生薬の一種であるマメ科の植物「河原決明(カワラケツメイ)」に地元産のほうじ茶、ハブ茶、ユズの皮、ショウガなどを加え、これまでのフレーバーティーと同様、“目・鼻・口”で味わうことができる新たなお茶に仕上げました。おかげさまで、当店はもちろん地元での売れ行きも好調で、地域の活性化に貢献できたことをうれしく思っています。
今も全国各地の自治体や企業から、お茶を使った商品開発の依頼が次々と舞い込んできます。その際、私が最も大切にしているのは、地元の食材を使うこと。お茶を始め、日本には素晴らしい食材がたくさんあります。身近にあるものをないがしろにしていたのではもったいない。それらを生かして個性的な商品を生み出し、大きな販路に乗せれば、地域全体に利益が行き渡るはずです。
日本茶のポテンシャルは非常に高い。多面的にアプローチすれば、いろいろな可能性がまだまだ引き出せるでしょう。これからも伝統や文化にとらわれ過ぎず、自由な発想と愛情をもって、日本茶の魅力を世界中の人たちに発信していきたいと思っています。