6月6日から7月5日まで1カ月間にわたってカナダの6都市を舞台に開催されたFIFA女子ワールドカップ。連覇に挑んだなでしこジャパン(サッカー日本女子代表)だったが、決勝戦でアメリカに屈して準優勝。しかし現在の力から見れば大健闘だった。
準決勝まで6試合連続で1点差勝利という際どさながら、ワールドカップで2大会連続決勝進出。なでしこジャパンの強さとは何だったのか……。
チームが一変したノックアウトステージ
グループリーグではC組にはいり、3連勝だった。スイスに1-0(得点:宮間あやPK)、カメルーンに2-1(鮫島彩、菅澤優衣香)、エクアドルに1-0(大儀見優季)。しかし得点は全て前半で、相手が「世界チャンピオン」を恐れて消極的な時間帯だった。それぞれの試合の後半、相手が積極的になると、なでしこジャパンは守備に振り回されるという展開が続いた。C組を1位で突破し、ノックアウトステージの1回戦「ラウンド16」の相手はA組3位のオランダ。C組の3チームと同様に初出場ながら、グループリーグではニュージーランドに1-0で勝ち、地元カナダとは1-1で引き分けている。堅い守備と攻撃のスピードが売り物のチームだ。なでしこジャパンがグループリーグの3試合のようなプレーを続けていたら、このラウンドで大会を去る恐れは十分あった。
だが、まるで「醜いアヒルの子」のように、ここでなでしこジャパンが大変貌(へんぼう)を遂げる。
よみがえった、世界に誇るパスワーク
それまでの3試合はDF(ディフェンダー)やボランチからのロングパスが多かった。しかし対戦相手はどのチームも守備を鍛えられていたから、簡単には通らない。大儀見や菅澤に渡ってもロングパスだからサポートが遠く、なかなかキープできないという形だったのだ。ところがラウンド16のオランダ戦ではロングパスが激減し、10~20メートルのショートパス、ミドルパスが多用されるようになる。ショートパスが多くなれば選手同士の距離が近くなり、テンポも上がる。4年前になでしこジャパンが世界を驚かせたパスワークがよみがえったのだ。
優勝した2011年ドイツ大会以降の流れを見れば、佐々木則夫監督が「ショートパス主体の試合でいこう」と導いたわけではないように考えられる。ロングパス多用の戦法を考案し、選手たちに要求し続けたのは佐々木監督だったからだ。
ではどうして変わったのか。
コンディション回復でキレを取り戻す
二つの重要な要素がある。一つはコンディションの向上だ。グループリーグ第3戦のエクアドル戦からラウンド16のオランダ戦までちょうど1週間あった。こうした大会では異例の長さだ。しかも佐々木監督は、グループリーグの3試合では試合ごとに大きくメンバーを変えて戦ってきた。疲労は完全に取れ、全員のコンディションがここでピークにきた。欧州組と国内組が居て、国内日程も過密ぎみだった選手たち。なでしこジャパンとして全員のコンディションがここまで上がったのは、恐らく4年前のドイツ大会以来だっただろう。
以後のなでしこジャパンは最初から最後まで相手に走り勝つチームとなった。走るから味方の近くに居ることができる。味方が近くにいるから速いテンポでショートパスがつながり、チームのリズムが出る……。
そしてもう一つの決定的な要素が、大野忍のFW(フォワード)起用だ。グループステージで大野は右のMF(ミッドフィールダー)として使われていた。しかしオランダ戦で、佐々木監督は大野をエースの大儀見と組むFWとして起用したのだ。この大野がチームを変えた。攻撃ではない。ボールを失った後、最前線で相手を猛烈に追い回すプレーによってだ。
4年前のなでしこジャパンは前線での守備が良く、それがMFやDFを助けた。FWが追い詰めることで相手が苦し紛れに出したパスをカットし、そこから鋭い攻めを繰り出すことができた。
輝いたFW大野の前線での守備力
今大会のグループリーグではロングパスの多用によって選手間の距離が離れていたから、なかなか前線での守備が効かなかった。しかも対戦相手は4年前と比較にならないほどディフェンスラインの選手たちのパス能力が上がり、なでしこジャパンの選手が奪いにいっても2本、3本のパスで簡単にかわされていた。しかし大野の「追い回し」は尋常ではなかった。その迫力に、オランダのディフェンスラインは落ち着きを失い、なでしこジャパンはボランチの宇津木瑠美や阪口夢穂、そしてDFの岩清水梓や熊谷紗希が果敢にボールを奪う守備ができるようになった。
フィジカルコンディションの向上と大野の起用が、なでしこジャパンが最も得意とするテンポの速いショートパスを可能にした。
オランダ戦では前半に左サイドから攻め込んで最後は右サイドバックの有吉佐織が先制点を決め、後半にはリズム良くパスを回して阪口がミドルシュートを決め、オランダの反撃を1点に抑えて2-1で勝った。
この勝利で、なでしこジャパンはリズムに乗った。
攻守ともに良い面が出るようになって、試合は危なげがなくなり、準々決勝のオーストラリア戦、準決勝のイングランド戦と勝ち進むたびに自信も深まった。
「無私のチームプレー」で勝ち進む
佐々木監督はラウンド16以降には先発を固定して臨み、後半の途中からFWに超テクニシャンの岩渕真奈を、そして試合の終盤には大ベテランのMF澤穂希を投入するという「必勝パターン」もできた。オーストラリア戦(1-0)では岩渕が決勝点をたたき込み、イングランド戦(2-1)では宮間が今大会2本目のPKを決め、決勝点は相手オウンゴールだった。4年前の澤のような圧倒的な存在は居なかった。しかし今回のチームは、ピッチに立った11人がすべて光り輝いていた。
全員が、自分が果たすべき責任を完全に理解し、それを実践し、しかもあらゆるエゴを捨ててチームの勝利だけに集中した。それはまさに「なでしこらしい」試合だった。
精度の高いショートパスと運動量だけでは、2大会連続の決勝戦までたどり着けなかっただろう。そこになでしこならではの特別なもの、すなわち、助け合いながらひたすらに目的に向かっていく「無私のチームプレー」を付加したからこそ、開幕からすべて1点差で6連勝という奇跡のような結果が生まれたのだ。だからなでしこジャパンの試合に日本の多くの人が引き付けられ、声援を送らずにはいられなかったのだ。
胸を張れる「準優勝」の果実
イングランドとの準決勝、決勝点はオウンゴール、すなわちイングランドの選手が自らのゴールに蹴り込んだものだった。だがそれを「幸運」と言うのは違う。1-1で迎えた後半のアディショナルタイム、右サイドのMF川澄奈穂美にボールが渡ったとき、最前線ではFW大儀見と岩渕が全速力で相手ゴールに向かって走っていた。タイミングを逃さなかった川澄のパスは、鋭く曲がりながら大儀見の走るコースに向かっていた。イングランドDFバセットが倒れながら足を出して触れなければ、ボールは大儀見に渡り、決定的なシュートが生まれただろう。