月に279万人が利用する「LINEマンガ」では、第1巻無料サービスをした作品の2巻以降が、紙の書店で売れるという現象も起きていて、無料だからといって無視できない影響力も持つようになっている。
こうした流れを受けて、小学館がスマホ、タブレット向けのコミックアプリ「マンガワン」を開発し、14年12月からサービスを開始。集英社も『週刊少年ジャンプ』のアプリ版「少年ジャンプ+(プラス)」を開発して、連載や旧作を一部無料で配信したり、新作や『週刊少年ジャンプ』電子版(バックナンバーや定期購読を含む)の販売をワンストップで行うなど、大手出版社もマンガの配信アプリは積極的に展開している。先に挙げた配信各社のアプリも、多くは大手出版社の作品を扱っている。
こうしたコミックアプリの魅力は、多くの作品がタダで読めることはもちろん、主にスマホ向けに配信されているということも見逃せない。
総務省の『平成29年版 情報通信白書』によれば、2016年のスマホの個人保有率は56.8%だが、他の調査では70%を超えるものもいくつかあり、今やほとんどの人がスマホを保有していると言っていい。誰もが持っている端末を使っていつでもどこでも気軽に読める、というのが最大のメリットなのである。
こうした状況から、ITベンチャーを中心に新規参入企業も増えて、上記ニールセンデジタルの調査では、30以上のコミックアプリが存在するという。
無料配信の収益構造
有料部分があるとはいえ、大量のマンガを無料で配信してもうかるのか? と不思議に感じる人もいるだろう。
コスト面から見ると、印刷や流通など、紙媒体では外せないコストが掛からないことに加えて、原稿料が安いことが大きい。特に非出版社系アプリのコンテンツの多くは、新人マンガ家からの投稿に支えられており、投稿作品をそのままアップする場合は原則として原稿料はゼロ。その後、内部審査や読者投票などでステップアップしていくと原稿料が出るようになるが、基本原稿料は週刊誌連載の3分の1程度とされる。これにDL数などに応じたインセンティブが加わるが、インセンティブなしというところもある。
出版社系の場合は、旧作を二次使用できるという利点もある。二次使用なら新たな原稿料が発生しないから、作者への支払いはインセンティブだけになる。
編集者などの人件費も、電子コミックでは大幅に安くなっている。専任の編集者を置かず、外部のプロダクションに任せきりのところも少なくない。中には投稿作品をそのままアップロードするのだから編集者はいらない、というところもある。
一方の収入を得る方法は、大体4つに分けられる。
(1)は、連載なら最新話とさかのぼって10話くらい、単行本では初めの数巻は無料だが、それ以上のバックナンバーが有料になるフリー・トゥ・ペイのモデル。期間限定とすることも多い。
(2)は、トップページやマンガの前後などに広告を貼り付けて、広告へのアクセスに応じた広告料で稼ぐモデル。アフィリエイトと呼ばれる手法だが、仕組みとしては民放のテレビ局が無料で番組を放送できるのと同じ理屈だ。
(3)は、著作権の利用や商品化の許諾等で収益を上げる知的財産モデル。ボーンデジタルで制作・配信した作品を紙の単行本にしたり、アニメ化や映画化、キャラクターグッズ化などで収益を上げるという仕組みだ。
(4)が会員制モデル。無料会員と有料会員を設けて、無料会員は1日に読める作品数や時間などに制限がある。月に500円くらいの会費で有料会員になると、制限が解除される。つまり、音楽や動画の定額配信と同じモデルだ。
ほとんどのコミックアプリは、これらを組み合わせて運営されている。
「マンガボックス」は(1)と(2)と(3)の組み合わせ。配信作品は最新話を含む過去10話程度までが無料で、それ以上が有料になる。また、広告にも積極的で、親会社のDeNAは15年2月にサイバーエージェントと合弁で立ち上げたスマホ向け広告ネットワーク事業を手掛けるAMoAd(アモアド)を通じて、広告配信に力を入れている。(3)については、元大手出版社編集者で「金田一少年の事件簿」(天樹征丸名義)や「神の雫」(亜樹直名義)などの原作者でもある樹林伸(きばやししん)を編集長として招聘(しょうへい)。そのつながりから、講談社や小学館からの単行本化に力を入れてきた。
「comico」は知財収入が収益の柱で、作品の単行本化や映像化で稼ぎ出している。単行本第7巻までの累計が150万部を突破して話題になり、テレビアニメ化、舞台化、実写映画化もされた夜宵草の『ReLIFE』などのヒット作が生まれ、17年10月までに8作品がアニメ化されている。
「pixivコミック」は(2)と(3)と(4)の組み合わせだ。
ただ、それぞれの収益モデルで電子コミック配信事業が単体で黒字化できるかと言えば、現在のところかなり難しいのではないか、と考えられる。
例えば(2)の広告モデル。インプレス総合研究所によれば2016年度のコミックアプリ広告の市場規模は78億円。「減った減った」と言われている雑誌広告全体の市場規模が2223億円だから、その市場の小ささが分かるだろう。元々マンガ誌は広告収入にあまり寄与しておらず、広告で黒字化するにはもう一工夫が必要だろう。
(3)の知財収入モデルについても、旧来の紙の出版社に比べて規模があまりにも小さい。そもそもメディアミックス戦略はマンガの王道だが、取材した限りでは多くのコンテンツを持つ大手出版社でも、電子での黒字化はまだ遠いという感触だ。
オリジナル作品の全話無料が売りだった「comico」は、16年11月にサイトをリニューアルし、「無料で読み放題」に一定の制限を設ける変更を行った。1つは「レンタル券」の導入。「作品レンタル券」と「どれでもレンタル券」の2種類があり、いずれも無料だが有効期限があるので、「まとめ読み」や「読み返し」などがしにくくなった。二つ目は「応援ポイント」。こちらは基本的に有料で、作品の購入や、公開されている最新話より先の話が読める「先読み」、作家を応援して単行本化やアニメ化などへつなげる「応援システム」などに使われる。ネット上では「事実上の有料化ではないか」というユーザー側からの不満の声が聞かれた。
いずれにしても、そろそろ「無料読み放題」の看板で読者を誘う手法が、曲がり角に来ていることは間違いないだろう。