急成長を見せる電子コミック市場。前編ではその現状や収益構造などを概観した。後編では、作品としての電子コミック、特にスタンダードになりつつある韓国発祥のウェブトゥーンについて、その広がりや表現としての可能性と限界などについて解説してもらう。
先行する韓国のウェブトゥーン
コミック配信事業のこれからを予測するために、電子コミック配信で先行している韓国の様子を見てみよう。
韓国の電子コミックは「ウェブトゥーン」と呼ばれている。ウェブとカトゥーン(1コママンガ)の合成語だが、もちろん1コママンガではなく、縦スクロールでオールカラー、主にスマホ向けに初めからデジタル制作されたコマ割りのないマンガだ。韓国でのウェブトゥーンの位置付けは、「スキマ時間を埋める娯楽」。その黎明期にストーリー性の薄い「日常系」や作者の身辺雑記的な作品が多かったこともあり、1話5分程度で読める作品が大半だ。
韓国で電子コミックが普及した要因としては、インフラ整備と大不況が一度に起きたことが挙げられる。
90年代の半ばに、韓国では既存の電話線を高速デジタルデータ通信に利用するADSLなどによる高速インターネットインフラが完成。97年に起きたIMF危機と呼ばれる大不況の際も、政府は情報通信産業を景気回復の柱として「サイバーコリア21」計画を打ち立て、パソコンの普及やIT企業の育成に国を挙げて取り組んだ。ITU(国際電気通信連合)の調査によれば、2001年には個人のインターネット普及率56.6%を達成して、国民の過半数がインターネットを日常的に利用できる環境を作り上げたのだ。
そんな中、大不況でマンガ雑誌のほとんどが姿を消すという打撃を受けた韓国のマンガ家たちが、発表の場として選んだのがネット(WEB)だった。
初めのうちマンガ家は、自分のサイトに個人的に作品をアップしていたが、間もなく、IT企業がポータルサイトからさまざまなマンガ家の作品にアクセスできるシステムを作り上げた。ポータルサイトに貼り付けたバナー広告から収益を上げ、作品へのアクセス数に応じてマンガ家にインセンティブが支払われるモデルもでき上がって、WEBマンガはビジネスとして成功した。
見開き表示が難しかったパソコンのモニター上で作品を読みやすくするため、切り離して縦に並べたコマをマウスのスクロールホイールを動かしながら読む縦スクロールマンガも登場した。画面の横幅と読者の視線が固定されたこのスタイルのWEBマンガは、感想や意見のやりとりが直にできるなど、作者と読者の距離も近く、00年代半ばまでに韓国の電子コミックの標準的なスタイルになった。やがてその制約の中から独自表現も生まれ、スマホに最も適したマンガ表現として「ウェブトゥーン」へと進化していく。
一方で、日本国内で電子コミックの配信が始まったのは03年。KDDIがau携帯向けに携帯電話の液晶画面でマンガを読めるように、1コマごとに切り取って表示するケータイコミックを配信したのが始まりとされる。ケータイコミックは利用料金を通話料に上乗せするキャリア課金による有料配信で、09年度には、428億円の市場に成長した(インプレス総合研究所「電子コミックビジネス調査報告書2010」)。
しかし、スマホの登場で、ガラケー向けのケータイコミックはたちまち売り上げを減らし、電子コミックの主役の座を降りてしまった。その後スマホでは、専用ビューアーによる1ページ表示の横スクロールが主流となっている。
やがて、ウェブトゥーンは日本にも進出。韓国系のcomicoは新作全てがウェブトゥーンだし、LINEコミックも投稿作の多くがウェブトゥーン形式で描かれている。
また、アジアにも広がっていて、comicoは14年7月に台湾に進出したのを皮切りに、同年10月韓国に逆上陸、さらにタイや中国にも展開し、アプリのDL数は、16年には台湾で450万DL、韓国で270万DL、タイで50万DLを達成したと発表している。
前述のように、日本でもマンガアプリ読者の1回当たり利用時間は7~9分と短く、電子コミックの読者は、「じっくり読む」から「ヒマツブシに読む」に変わっているのかもしれない。こうした消費者の変化に合わせたビジネスモデルを構築する必要があるのではないだろうか?
電子コミックでマンガ表現も変わる?
ウェブトゥーンはマンガの表現を変えてしまう可能性まで秘めている。一説によれば、インディ系サイトや個人も含めれば、日本国内で発表される電子コミックの新作中9割以上がウェブトゥーン形式、というデータもある。
前述のようにモノクロで描かれた従来のマンガと違って、カラー作品が中心になるのもウェブトゥーンの特徴だ。紙に印刷されるマンガは、コスト面からオールカラー化はまれだった。しかし、WEBで配信される場合にはその制限はない。韓国では、3DCG用のソフトを使ってキャラクターや背景をいったん立体データ化し、それを2D化するといった手法を使うマンガ家も増えている。立体を多角形の平面で表現するポリゴンを使って絵を動かしながらポーズをつければ、どの角度からも完璧に描けるというわけだ。
また、国策としてコンテンツ産業を振興し、急速にマンガ大国になりつつある中国でも、デジタル化は進んでいる。筆者は17年8月に上海と長春を訪れたが、上海の大型書店にはマンガの描き方の本を並べたコーナーがあり、日本の萌え系マンガの描き方を紹介する翻訳本の横に、その倍くらいのスペースで3DCGソフトのマニュアル本が置かれていた。
中国では、日本の出版社と地元出版社の合弁で過去にいくつもの紙版マンガ雑誌が創刊されたが、厳しい表現規制もあってか、成功した事例はほとんどない。現在の読者の多くは、スマホの中国版コミックアプリで現地のマンガを読んでいる。そのことがマンガ家を目指す人たちにも影響しているのだろう。
日本でも、マンガ業界内には「いずれはマンガはスマホで読む時代になり、マンガは全て縦スクロールになる」と予測する声が少なくない。しかし現状では、縦スクロールとは言いながら、演出意図を持ってコマを連ねるのではなく、コマ割りされたページごと縦に並べただけだったり、ボーンデジタルでもカラーにはせず、モノクロのままのものも多い。絵コンテのように台詞と絵を別画面に分けたり、見開きなどの大ゴマでは、吹き出しやナレーション、人物の動きの流れに従って左右にスクロールするなどの工夫を凝らしたものもあるが、広範な支持は得られていない。韓国ほどドラスチックに進んでいないのは、最終的に紙の単行本にする、という考えがあるからだろう。
電子コミックの編集者の間にも、「紙にしないとリクープ(費用を回収)できない」という声は多い。