縦割りの防災対策と行政の限界
――なぜ、厚労省が作っている基準が実際の備蓄に反映されていないのでしょうか。
大きな原因は、防災対策が多岐にわたり、しかも「縦割り行政」になっていることです。被災者の健康や雇用に関することは厚労省、道路や橋など交通インフラは国土交通省、経済復興やエネルギー関連は経済産業省、災害支援は防衛省、学校の早期復旧などは文部科学省など、災害時はさまざまな案件に複数の省庁が関連します。そこを統括するのが内閣府で、市区町村の防災担当者は内閣府からの通知は受けても、厚労省からの個別の情報はなかなか届きにくいのが実情です。そのため、とにかくエネルギーが摂れればいい、量を揃えるのが優先と考えて、一度買えば何年ももつ乾パンをたくさん備蓄しておけばよい、となりがちなのでしょう。自治体には、主食だけでなく、缶詰、レトルトのおかずや汁物などの副食や、後編で述べる要配慮者(高齢者・乳幼児、アレルギー患者等)への対応食も含め、もっと多様な災害食の備蓄をぜひ検討してほしいと思います。
本来であれば、各自治体の保健部門にいる栄養士が厚労省の基準を参照しながら、備蓄する食品の購入に関わればいいのですが、保健部門と防災部門との連携不足で、栄養士の知見が活かされにくいのが課題です。災害時の栄養不足は高齢者の筋力の低下など健康状態の悪化にも関係しますから、その観点からも栄養士の活用は重要と言えます。しかし、行政が立てる防災計画に食の重要性や栄養士活用という視点は薄く、これには栄養士側のアピール不足もあると考えています。
また、被災地で行われる炊き出しは、ボランティア団体によるものを除き、市区町村が献立を作成することになっていますが、それができている自治体は1.7%しかありません。たとえば自衛隊が炊き出しを行うとき、献立がないので仕方なく普段作っている隊員向けの食事を提供するのですが、おかずに揚げ物が入っていたり、味付けが濃かったり、量も多くなるなど、食事制限が必要な人や高齢者向きではありません。そうした点まで目配りできる栄養士が、炊き出しの献立作成に関わることが必要です。
――海外では災害発生後すぐ、ボランティアが炊き出しを行い、栄養価の高いメニューを提供する事例も見聞きします。日本でも同じようなことができるのではないでしょうか。
海外では、災害支援の経験を有するボランティア団体が主体となって避難所運営や被災者支援を行っているケースが多いです。たとえば、2005年に発生したハリケーン「カトリーナ」で被害を受けたフロリダ州で調査したことがありますが、アメリカでは国の対応計画で、避難所にいる被災者のケアはアメリカ赤十字社が担うとされているなど、被災地支援のスキルと経験があるボランティアが能動的に動ける制度になっているということでした。
一方、日本の場合、行政の役割と権限が強く、ボランティアが動こうにも、まず市区町村による受け入れが前提となります。とはいえ、市区町村レベルの行政はマンパワーが不足しており、できることには限度があります。能登半島地震でもそうだったように、現地の自治体職員自身も被災者という困難な状況に置かれています。海外の事例と比べて、「日本はあれもこれもできていない」と言うのは簡単ですが、そもそもの制度の違いが大きいという点は考慮するべきでしょう。
また、ボランティア活動がどれだけ根付いているかという点でも、海外と日本では差があります。日本では阪神・淡路大震災が起きた1995年が「ボランティア元年」と言われていますが、いまだにボランティアというと「特別な人がやっている」という目で見られがちです。欧米などでは昔から教会を中心にチャリティ活動が盛んに行われてきましたし、ボランティアに参加することも、ボランティア研修を受けるために休暇を取るということも一般的です。
2024年4月に台湾で発生した花蓮地震では、仏教系慈善団体「慈済基金会(Tzu Chi Foundation)」がプライバシーを保護するパーティションの設営から温かく栄養価のある食事の炊き出しまで幅広く活躍しました。聞き取り調査を行うと、宗教団体ということもあって、ボランティアの使命感は非常に高く、普段から奉仕活動が生活の大部分を占めているという話でした。そうしたカルチャーやマインドの違いに加え、日本では「よそさまの世話にはならない」といった、やせ我慢的な意識が強いことも、ボランティア活動に影響しているかもしれません。
今後、災害時における行政やボランティアのあり方をどうしていくか。そうした大きな見取り図の中に、命をつなぐ「食」をもっと織り込んでいくことが必要です。特に、「普通の食事」が食べられない、食の「要配慮者」への対応は解決すべき課題のひとつと言えるでしょう。
*【「災害食」の専門家に訊きました(後編)~「普通の食事」が食べられない人は、避難所などでどうしたらいいですか?】へ続く
ローリングストック
普段食べている食品を少し多めに買い置きして、賞味期限の近いものから消費し、また買い足すことで、 常に一定量の食品が家庭で備蓄されている状態を保つこと。