2020年東京オリンピック・パラリンピック、そして今秋に迫ったラグビーワールドカップを前に「フードダイバーシティ(食の多様性)」が注目されている。「ダイバーシティ」というと「女性や外国人、障碍者、LGBTなども含めた多様な人材活用」という観点から語られることが多いが、食の世界でもこの動きは始まっている。訪日外国人観光客の急増に伴い、ムスリム(イスラム教徒)やベジタリアンなど「食の禁忌」を持つ人たちへの対応がこれまでにない規模で必要とされつつある。
しかし、「食の禁忌」がほとんど意識されない日本では、「フードダイバーシティ」への理解はまだまだ進んでいない。いったい訪日外国人が求める「食の多様性」とはどのようなものなのか、また、実際にどのような取り組みが行われているのか、「フードダイバーシティ」の現場を取材してみた。
日本食が食べたいのに食べられない外国人たち
2020年オリンピックの開催が決まってから、聞かない日はないと言ってもいい「おもてなし」。しかし、「おもてなし」の中身は本当に日本を訪れる外国人に喜んでもらえるものになっているだろうか。特に、日本の食をどう楽しんでもらうかは重要なポイントだ。観光庁の「訪日外国人の消費動向」(2018年)によると、日本を訪れる外国人観光客が訪日前に期待していたことのトップは「日本食を食べる」(70.5%)で、世界的にも人気が高い寿司やラーメンの「本場の味」を楽しみに来日する外国人も多い。
その一方で、たとえばムスリムやベジタリアンなど宗教上の理由や個人的信条から食の禁忌を持つ人々の中には、「コンビニで買った白米のおにぎりばかり食べていた」というケースも見られる。メニューや食品表示が日本語でしか書かれていないので食べていいかどうか判断できない、また、そもそもハラールやベジタリアンの料理や食品が少なすぎることがハードルとなり、「日本食を食べたいのに食べられない」という残念な状況をもたらしてしまっているのだ。
自治体がフードダイバーシティに力を入れる理由
こうした事態を改善しようと、自治体などによるサポートも行われつつある。中でも、情報量の多さやきめこまかい対応で群を抜いているのが、浅草・上野という人気観光地を擁する東京都台東区だ。台東区を訪れる外国人は年間953万人(平成30年)と、平成28年の前回調査から100万人以上増加している。区としても観光に力を入れており、2013年のASEAN諸国への訪日ビザ緩和以降、ムスリムが国民の多くを占めるインドネシアやマレーシアからの観光客が急増していることを受け、いち早く様々な施策を打ち出してきた。
そのひとつが、現在第14版となるムスリム向け観光マップ(「TOKYO MAP for MUSLIMS」)だ。観光スポットと共にムスリムも食べられる食事を提供する飲食店やハラールの商品を扱う土産物店を掲載し、印刷部数は年間8万部、各掲載店の店頭や区内外の観光案内所、空港等で無料で入手できる。こうしたムスリム向け情報マップは東京都をはじめ全国各地の自治体が配布を進めているが、台東区のマップでは掲載飲食店のすべてが、ハラール認証を受けた店というのが特徴だ。
「TOKYO MAP for MUSLIMS」は英語表記がメインで、ハラール対応のレベルを示す星マークもわかりやすい。ムスリムが1日5回行う礼拝の場所を備えているかどうかという、ムスリムにとっては大事なポイントもきちんと押さえてある。掲載されている飲食店は寿司、ラーメン、甘味処、焼肉、しゃぶしゃぶ、ふぐ料理など、日本ならではの食事が楽しめるバラエティに富む。ちなみに、浅草名物「雷おこし」も、従来通りの原材料でハラール認証を取得したものが販売されている。
その他、日英中国語の基本会話フレーズと観光マップがセットになった「おもてなしコミュニケーションMAP」にある「食への意思表示」も便利だ。牛肉、豚肉、魚、カニ、エビ、卵、小麦、乳製品、ピーナッツなどの食材の絵文字(ピクトグラム)が並び、食べられないものにチェックをつけて見せれば、日本語でコミュニケーションできなくても、何が食べられないのかを伝えることができる。「アレルギー」「宗教」「ベジタリアン」「治療中のため」という「食べられない」理由を示す箇所もあり、飲食店側も配慮しやすい。
ハラール
「合法」「適法」という意味のアラビア語で、イスラム教の教義に照らして許されていることを示す。食に関しては、アルコールや豚肉を使用していないことがハラールの対象となるほか、多くの規定があるが、穀物や野菜、魚などは基本的に問題ない。
ハラール認証
イスラムの戒律に則って調理・製造されている商品であることを認定するシステム。ただし国際的な統一基準はなく、複数の団体がそれぞれの基準にそって認証する仕組みとなっている。
ハラール牛
イスラム教の戒律に則って飼育、解体、加工、販売されている牛肉のこと。
ヴィーガン
食事だけでなく革やウール、シルク等も使わない等、生活全般において動物性由来のものを使わない人を指す。食生活のみの場合は、「ダイエタリーヴィーガン(dietary vegan)」と呼ばれる。