実際に対応を迫られる現場へのサポートとしては、台東区独自の取り組みである「ハラール認証取得助成事業」を通して、飲食店等を対象にイスラム教やハラールに関する基礎知識の講習や認証にかかる費用の助成(上限10万円)を行っている。
「政教分離の観点から『自治体が特定の宗教に関することで助成を行うのはいかがなものか』という指摘もありましたが、布教目的ではなく、目的効果基準に照らし合わせて、あくまで地元経済や産業振興のための事業ということで行っています」(台東区文化産業観光部観光課・宮澤亮さん)
実際、マップに掲載されているある焼肉店は、認証取得前と後とでハラール牛の購入頭数が倍になったという。それだけ、「焼き肉を食べたいのに食べられない」ムスリム観光客の需要が存在しているのだ。
充実したサポート態勢の結果、今や台東区は訪日観光客にとって「ムスリムフレンドリー」な地域として認知されており、他区のホテルに滞在しているムスリムが「近所に食事ができる店がない」とわざわざ台東区まで足を運ぶという。
「台東区の課題として、観光客の区内の滞在時間が約2時間と短いことがあるのですが、このマップが掲載店に置いてあると、昼間の観光でランチを食べたムスリムが『じゃあ、夜はこの店に行こう』と区内の他の掲載店に足を運ぶ相互集客効果にもつながっています」(宮澤さん)
現在は浅草・上野中心のマップだが、民泊の増加などから他のエリアでの対応も必要となってくることが予想されている。また飲食店に比べるとホテルなどの宿泊施設ではムスリムへのサービスが十分にできておらず、さらなる対応が求められている。
ベジ&ヴィーガンが急速に拡大中
ムスリムに比べて人数などの実態が把握しにくいベジタリアンだが、「現場の実感としては、最近かなり増えてきている印象があります」(宮澤さん)。そんなベジタリアン需要の高まりを示すひとつの例として、NPO法人「ベジプロジェクトジャパン」が発行する「ベジマップ」がある。昨年7月末にリリースした「東京ベジマップ」は都内の各観光案内所や空港等で無料配布されているが、反響が大きく、第1版に続き今年5月末に第2版を発行、部数も1万部から3万部と大幅に増やし、今秋には「京都ベジマップ」の第2版リリースが予定されている。
「『東京ベジマップ』第2版の掲載店舗は173店と前回より35件増となりました。掲載はお店からの申し込みという形を取っているので、私たちが把握している件数は実際にはもっと多く、すべて載せるとなれば400店近くになるのではないかと思います」と「ベジプロジェクトジャパン」代表の川野陽子さん。「東京ベジマップ」の掲載店はすべてヴィーガン対応だが、「(乳製品や卵はOKの)ベジタリアンを基準にすると、とてもマップに入り切らない」ほど、都内のベジ対応店は増えつつある。
飲食店だけではなく、 ヴィーガン対応の商品開発に乗り出す企業も増えており、「ここ1年半ぐらいで、ベジタリアン、ヴィーガンのムーブメントが非常に盛り上がってきています」と川野さんは手応えを感じている。
「『ベジプロジェクトジャパン』ではヴィーガン認証も行っていますが、最近は企業から『ヴィーガン認証を取得したい』『ヴィーガン対応をしたいが、やり方を教えてほしい』など、毎日のように問い合わせがあります。インバウンドの影響だけではなく、新しい市場として海外でも人気のヴィーガンが注目されていると感じています」
「ベジプロジェクトジャパン」からヴィーガン認証を取得した商品は駅弁、レトルトパスタ、タイ料理ペーストなどの調味料、ビールや日本酒など多岐にわたる。中には発芽玄米や麸など「動物性が入っていないのはあたりまえ」という商品もあるが、日本語や日本食に馴染みがない外国人にとっては、こうしたマークがあれば安心して食べられるメリットは大きい。ベジタリアン、ヴィーガンのマークの付与はNPO法人「日本ベジタリアン協会」などでも行っており、今後、店頭でベジタリアンやヴィーガンのマークを見る機会も増えていくだろう。
地方でも進むフードダイバーシティ
インバウンドの広がりを背景に、フードダイバーシティへの取り組みは、大都市圏だけではなく日本各地に広まっている。
ハラール
「合法」「適法」という意味のアラビア語で、イスラム教の教義に照らして許されていることを示す。食に関しては、アルコールや豚肉を使用していないことがハラールの対象となるほか、多くの規定があるが、穀物や野菜、魚などは基本的に問題ない。
ハラール認証
イスラムの戒律に則って調理・製造されている商品であることを認定するシステム。ただし国際的な統一基準はなく、複数の団体がそれぞれの基準にそって認証する仕組みとなっている。
ハラール牛
イスラム教の戒律に則って飼育、解体、加工、販売されている牛肉のこと。
ヴィーガン
食事だけでなく革やウール、シルク等も使わない等、生活全般において動物性由来のものを使わない人を指す。食生活のみの場合は、「ダイエタリーヴィーガン(dietary vegan)」と呼ばれる。