5対5の男女同数にしようと思ったのは、アファーマティブ・アクション(マイノリティーへの差別を積極的に是正する優遇措置)をするという、社会へ投げかけるということですね。今回は、ジェンダー論者ではない男性で、しかも美術業界の外から来た僕がやってるから、ある意味これぐらいの批判で済んでいるんだと思いますね。
暮沢 作品の質で選んだ結果そういう⽐率になるならともかく、男⼥同数にするのはけしからんという批判が起こるのは当然予想されますよね。従来そういうことに対する反論は、いわゆるフェミニズムとかの立場からなされるものが大半でした。要するにフェミニストの人が女性の創造性を強調する。ところが、津田さんはそれとは違ったかたちで反論していますね。例えば、「ゲンロンβ」の寄稿のなかで、イリス・ボネットの著書『WORK DESIGN』などを参照しながら、経済合理性から男女共同参画の利点を強調する立場から反論されています。そうした反論というのは、美術の世界では見たことがなかったので、新鮮でした。
アートと社会をつなぐ広報戦略
津田 それから男女同数を決めるうえでもう一つ重要だったのは、広報です。あいちトリエンナーレは、基本的に東海圏の人しか来ないんです。東京では報道されないんですよね。なぜかというと、名古屋のイベントで、しかも中日新聞が実行委員会に入っている。そうすると、ほかの新聞が取り上げる意味が薄い。昨年の8月から何度も記者会見とか発表をしてるのに、全国紙とか東京のメディアで取り上げてくれたのは皆無なんです。僕は頑張ってツイッターとかやってますけど、でもやっぱりマスメディアに取り上げられないと意味がない。美術を普段見ないような人にも来てもらいたいし、東京や関西からも来てもらいたいと思ったときに、「⽇本初、参加アーティストが男⼥同数です」ということは、広報的な効果も高いだろうし、メディアも取材に来てくれるだろうと。「日本初」って言葉に弱いですから。
暮沢 それは、かなり強力なフックになりますよね。
津田 そうなんですよね。だから、アファーマティブ・アクションの⼀⽅で、同時に美術を一般の人に開くという意味で広報戦略としても、男⼥同数はすごくいいフックになると思ったわけです。実際、3月末に発表したら、想定をはるかに超えて大きな話題になりました。ただ、そのこと自体はとてもよかったんですが、一方で、たかだか半々にしただけでこんなに話題になってしまうことが、まさにジェンダーバイアスの深刻さを示しているようで、ちょっと複雑な気持ちにもなりましたね……。
暮沢 津田さんのツイッターは、フォロワーが155万人ぐらいいますから、広報としてもすごい武器になると思います。ツイッターによる情報発信も芸術監督の、あるいはキュレーションの一環であると考えていますか?
津田 うーん……。キュレーションの一環とは、思ってはいませんね。ただ、僕がずっと考えてることは、なぜ門外漢のジャーナリストが芸術監督をやるかということなんです。あいちトリエンナーレでは、質の高い世界水準の作品を展示するのはもちろんですが、現代美術に興味がない一般市民にもわかりやすい芸術祭をつくるということも、大事だと思うんですよね。美術に興味がない人たちにも美術に触れてもらうことで、ライフスタイルを豊かにしてもらう。そのためのツールとして、ツイッターというのはとても有効です。僕のフォロワーのなかにも、普段は美術に興味をもっていないけれども、ジェンダー平等に興味をもって、「あいちトリエンナーレ、絶対行く」って言ってくれてる人がいると思います。
若手をいかに世界に羽ばたかせるか~パブリックセクターの役割
津田 あと、男女同数というのは、美術の世界の話だけではなくて、パブリックセクターの役割だと思っています。愛知県をはじめ、ほとんどの自治体などで男女共同参画というのを行政の理念として掲げているにもかかわらず、文化事業では男性ばかりが選ばれるという問題があります。それに対して、「もうこれから行政がお金を出す芸術祭はジェンダー平等を意識せざるをえないですよね」という投げかけを、僕はジャーナリストとして美術業界、もっと言えば日本社会全体にしたということですね。
暮沢 パブリックセクターの芸術祭は、税金を使うイベントですから、公平性が問われるわけですね。その公平性というのは当然、ジェンダーに関しても発揮されなければいけないと。
津田 そうです。あと、自分が芸術監督になって気づいたんですが、いろんなパブリックセクターの芸術祭を見に行くと、どうしても既視感があるんですよね。どうしてそういうことが起きるかというと、やっぱり行政のプロジェクトなので失敗できないからなんです。だから、美術業界ですでに成功している中堅からベテランの作家が選ばれることが多くなる。さらに、その作家の作品のなかでもすでに評価されている旧作が選ばれる。
暮沢 実績のない新人は、起用しにくいですよね。
津田 その陥穽を僕は突破したかった。明確にそういう意識があったので、今回のあいちトリエンナーレでは、若手の作家をすごく多くしました。実は、若手になればなるほど女性作家が多いから、無理なく男女同数が実現できているというのもあります。自分の中で、「35歳以下の日本人を2割⼊れよう」というラインを決めていたんです。なぜ若い人を入れるのかというのは、「そもそも芸術祭の成功とは何か?」という根本的な問いに行きつくんです。成功の基準は、今までは来場者数しかありませんでした。それは、本当に無意味だと思います。
暮沢 芸術祭の来場者数というのは、カウントの仕方次第で変わることもありますからね。
津田 芸術祭として税金を使うからには、マーケットとは違うことを示す必要があるんです。だとするならば、これから伸びそうな若手にチャンスと資金を与えて、いい作品を作ってもらう。そしてあいちトリエンナーレ2019での作品が評価されて、その後世界に羽ばたくきっかけになる。それが、税金で文化事業をやることの意義だと思うんです。それで、今回ほかの芸術祭と比べても、新作の割合が非常に多いんですよね。若手を多く起用して、「情の時代」というテーマに合う作品を選んで、この旧作でやろうと声をかけるんですけど、ほとんどの作家が旧作とは別に新作を作っています。
暮沢 若い人は、声をかけられるとそれだけ意気込むんでしょうか?
津田 やっぱりこのテーマにインスパイアされるんだと思います。