阿武野 台風の高潮で何キロも流され九死に一生を得た経験をしていて、「家族を守るために箱船のようなシェルターを買うんだ」と言い出すおじいちゃん、「昔のことはよく分からないし、避難訓練とか面倒くさい」と思う孫、「おじいちゃんが決めたならしょうがない」という娘夫婦……家族の中で、災害の記憶を伝えていくことの難しさを描いた番組でした。
派手さのない、おとなしい内容だし、どういうふうに受け取られるだろうと思いながら放送しましたが、「東海テレビならではのドキュメンタリーの力を感じた」と言ってくださる人が多かった。やっぱり、これまでの番組作りを通じて、地域の人たちと私たちとの間に、あるコミュニケーションの形ができてきたんじゃないかと感じました。1本1本きちんと熱を込めて本気で作っていれば、伝わると実感しました。
──「マスゴミ」という言葉に象徴される関係性とは対極にあるコミュニケーションですね。そうした関係性がもっと広がっていけば、テレビの状況も変わるような気がします。
阿武野 そう願っています。今でも、私が一番好きなメディアはテレビです。ここが豊穣な世界であってほしいという願いは強いです。
どんなに辛辣な表現だと受け取られても、『さよならテレビ』は、私にとってはテレビへの、テレビマンへの「ラブレター」なんです。あまりそうは思えないかもしれないけれど、見た人には、「ああ、こういうラブレターの書き方もあるんだな」と感じてほしいですね(笑)。
──その「ラブレター」がテレビで放映されて1年あまり経ちますが、東海テレビの中で何か変化はありましたか。
阿武野 組織というのは、なかなか難儀なもので、そんなにすぐに変われるものではないですね。『さよならテレビ』は、池に投げ込んだ小石の波紋のようなものかもしれません。
ただ、スタッフ一人ひとり、特に若い人たちの心の中には変化があったかもしれないですね。少なくとも、この作品ができたことで「あ、こんなこともできちゃうんだ」、しかも「映画にまでしちゃうんだ」ということは感じてもらえるでしょう。つまり、突破していくことって大事なんだ、と思ってくれたんじゃないかと。その一人ひとりの変化から組織が変わっていくこともあるかもしれない。そこを長い目で見たいと思っています。
*『さよならテレビ』(監督・土方宏史、東海テレビ)は、2020年1月2日より、東京・ポレポレ東中野、愛知・名古屋シネマテークにて公開ほか、全国順次公開。