ジョンとヨーコの『ダブル・ファンタジー展』が始まった!
2021年2月18日まで東京の「ソニーミュージック六本木ミュージアム」で、『ダブル・ファンタジー ジョン&ヨーコ』というエキシビションが開かれている。誘われてさっそく見に行き、予想以上に感激して涙も流し、そんな自分に驚いたりした。
展示はジョン・レノンとオノ・ヨーコがそれぞれイギリスと日本で生まれ、出逢い、突然の死によって別れを迎える時までを写真や映像、言葉、アート作品で振り返るものだが、殊にオノ・ヨーコの言葉には今、この時代だからこそ耳を傾けたいものが並び、心震わされた。たとえば、こんな言葉。
「自分が世界の希望なんだってみんなが考えるようになれば、そのときこそ何かが動き始めるのです」(1970年、Hit Parader誌)
さらに、こんな言葉も。
「対等の立場でなければ、誰かを愛することはできない。不安や自信のなさから多くの女性は男性にしがみつくしかないけど、それは愛ではない」(1971年、Red Mole誌)
ほかに、ふたりが行った様々なイベントの放つパワーとユーモアにも改めて感嘆。平和活動の「ベッド・イン」は有名だが、私は「バギズム」に感激した。それは大きな袋の中にふたりですっぽりと入って姿を見えなくさせ、「人種・年齢・外見などにとらわれないことが完全なコミュニケーション」という狙いがあるもの。袋に入っていれば、飛沫もかからない。今こそ世界中がバギズムを実践したら、差別もなくなり平和が訪れそうだ。
オノ・ヨーコは1933年、安田財閥一族の裕福な家に生まれ、アメリカと日本で育ち、20歳から父親の赴任先であるニューヨーク郊外に住み、サラ・ローレンス大学で作曲と詩を学んだ。60年代の芸術運動である「フルクサス」に関わり、1966年、ロンドンで開いた自身の前衛芸術の個展でジョン・レノンと出逢う。1969年、3度目となる結婚をジョンとして、息子ショーンをもうけるも、ジョンは1980年に凶弾に倒れる。そしてヨーコは87歳の現在に至るまで、様々な活動を続けている――。
音楽と相撲などエンタメについての記事を主に書くライターである私は、1985年から6年半、音楽評論家/作詞家の湯川れい子のアシスタントをしていて、その頃ヨーコから湯川に頻繁にかかってくる電話を受けていた。ヨーコはいつも名乗らず、「れい子さんいる?」とぶっきらぼうに言う。忙しい湯川は不在なことが多く「戻ったら折り返しましょうか?」と尋ねると、「じゃ、いいです」と言うか言わないかでガチャンと一方的に電話を切る。最初の何回かは、この人なんだろう? と思ったが、湯川に伝えると「ニューヨークは真夜中の時間帯。ヨーコさん、おしゃべりする相手が欲しいんだよ」と言われ、ああ、そうなのかと知った。当時はジョンが亡くなってまだ5~6年、ショーンは幼く、真夜中のニューヨークからおしゃべりの相手が欲しくて電話をしてくるヨーコに、若かった私は「人はみんな寂しいんだ」なんて悟ったようなことを思った。とはいえ、その頃の私はヨーコのすごさを分かっておらず、今なら「何でもお聞きしましょう!」とか図々しいこと言ったのになぁと、もったいなく思ったりする。
じゃ、今だったらどんなおしゃべりをヨーコとしたいか? というと、「ヨーコさん、1973年に日本だけで発売されたシングル盤「女性上位ばんざい」(作詞・作曲 オノ・ヨーコ)が展覧会で再発売されていますが、これ、あなたの曲「シスターズ・オー・シスターズ」と対になるシスターフッド(同じ理念を共有して共闘する女性同士のつながり)のサイコーの曲ですねぇ」なんてことだろうか。ああ、そうなのだ。ヨーコはバリバリのフェミニストだ! 私はヨーコのフェミニストとしての顔をもっと知りたい。そして、多くの人にも知らせたい。なので、そのことを今回は追ってみようと思っている。
フェミニスト、ヨーコが日本女性のために作った歌
ヨーコがいかにフェミニストであるかは、「女性上位ばんざい」(注:エッセイ集の表記では「万歳」となっている)を聞くだけでも十分に分かる。
♪男性社会一千年 煤煙(バイエン)うずまく日本国 歴史が示す無能の徒(ヤカラ) 男性総辞任の時が来た おんなの本性見せる時 女魂女力(ジョコンジョリキ)で、女魂女力で 開こう新時代 女性上位万歳 女性上位万歳♪ (オノ・ヨーコ エッセイ集『ただの私』より)
ファンキーなロックに乗ってハイトーンな声でヨーコが軽快に歌うのだから、めちゃ楽しくパワフルなフェミニズム・ソングだ。ヨーコのエッセイ集『ただの私(あたし)』(1986年、講談社文庫1990年)によれば、佐々木洋子さんという女性解放運動家から「日本の女性のために、女性解放運動の歌を書いてくれないか」と頼まれ、書いたとある。当時、ピンクのヘルメットをかぶった中ピ連(中絶禁止法に反対し、ピルの全面解禁を要求する女性解放連合)がメディアを賑わし、日本でもウーマン・リブ(Women’s liberation movement)の波が沸き起こっていた。機を見るに敏なレコード会社ディレクターがシングル盤として発売し、なかなかの話題を集めたらしい。どういう話題だったかは分からないが。その後、小泉今日子さんもカバーしている。
「フルクサス」
1960年代初めから、アメリカ人の美術家ジョージ・マチューナスが主導し、世界的な展開をみせた芸術運動。イベントを中心にさまざまなジャンルで、J.ボイス、N. J.パイク、G.ブレクト、W.フォステル、O.ヒギンズ、L. M.ヤング、B.ヴォーティエ、J.メカス、靉嘔、小杉武久、一柳慧、小野洋子などが参加した。ニューヨーク、ケルン、コペンハーゲンなど欧米の各地で活動を展開。フルクサスは、ラテン語で「流れる、なびく、変化する」などの意味。ヨーロッパを中心とした伝統的な芸術に対し前衛的性質を掲げてはいるが、厳密な定義はない。