その偏見が日本に於けるねじ曲がったヨーコ像を広く、深く、植え付けた。この私にも、だ。
それでも飯村は言う。
「日本で聞こえてくるのは、もっぱらゴシップであり、それもヨーコをけなすためだけのゴシップである」「一方で、それらのゴシップもまた、ヨーコが生み出したアートだと考えることもできるだろう。そのような意味では、ジョン・レノンとの結婚がヨーコの最大のアートだ、といっても過言ではない」(前掲書)
なるほど、この考え方は面白いし、一貫性を感じる。ヨーコにとって、ゴシップさえもアートになるというのは頷ける。ジョンも「僕たちの生き方がアートなんだ」とも発言していた。
ヨーコ、ありがとう! と言いたい
ところで、ヨーコの音楽作品は長らく廃盤となっていたが、2017年から息子ショーンがディレクションして再発売が進んでいる。その新譜案内書にアルバム『無限の大宇宙(Approximately Infinite Universe)』(1973年)について、「非常に男性優位な70年代半ばのメインストリーム・ロックというゲットー(引用ママ)の中で彼女がフェミニストとしての役割を確立したという意味においても、進歩的な作品」だと紹介されている。発売当時、まったく男性優位だった音楽業界を驚かせ、長く女性アーティストたちの見本となる『無限の大宇宙』は、ヨーコの代表作とされる。
ライナーノーツもヨーコ自身が執筆し、「フェミニスト運動の目的が、現在の社会でより多くの職を得ることだけで終わってしまうべきではありません」(『無限の大宇宙』1971年 YOKO ONOオリジナル・ライナー)とヨーコのフェミ論が展開される。その言葉は、とても強い。「わたしが提案しているのは、社会の女性化です」として、「女性的な傾向を、世界を変える前向きの力として使うことです。女性の聡明さと自覚を持つことで、わたしたちは、根本的に組織だっていて争いがなく、理論ではなく愛を基盤とした社会へと変化させることができるのです。その結果は、調和、平和、そして満足。反抗するよりもむしろ発展させ、個人でいることを主張する代わりに手を取り合い、考えるよりむしろ感じるのです。こうした特性が、女性的であると考えられているものであり、男性が女を見下す理由です。しかし、こうした特性を育むのを退けたことで、男性はどれだけうまくやってきたと言えるのでしょう?」(前掲)とヨーコは書いた。
私はフェミニズムを系統だてて学んだことがないので、これが1973年当時のフェミニズム理論として正統派だったのかとか、そうしたことは分からないのだが、これを読むと少し違和感を抱いてしまう。女性的という概念に疑問を感じ、女性にだって理論的な人はいくらだっていると思う。そういう女性らしさ、男性らしさみたいな切り口にはクエスチョンマークをつけざるをえない。それに、やたらと世界レベルで語る政治家のようなヨーコのフェミ論は、学びや仕事、恋愛、結婚といったヨーコには当たり前のものを手に入れられず、不安定な非正規雇用にあって生活に困窮する女性たちの「弱さと共にあるフェミニズム」な時代の今、受け入れられるだろうか? と疑問を感じもする。
とはいえ、公の場に立って、広く強く世界と闘うフェミニズムが大切なのはもちろんだし、そうやって広い視野で闘うフェミニズムが今いる世界の女性リーダーを育てたことは間違いない。ヨーコがこう発言した当時、どれだけの女性たちが勇気づけられたことだろうか。勇気づけられた一人一人の行動が今につながっている。ヨーコありがとう! と心から言いたいことに変わりはない。
ジョンの恋人となったことで受けたバッシング
そして『無限の大宇宙』と同じ年、1973年に発表した『空間の感触』というアルバムで、ヨーコのフェミニストとしての音楽作品が頂点を極める。「アングリー・ヤング・ウーマン」や「ウーマン・パワー」など、すべての曲で女性をテーマに歌う。音楽的にも2020年の今聞いてもまったく古びておらず、改めて大傑作じゃないか! と鼻息が荒くなる私だ。辛い時には「ウーマン・パワー」を聞いて胸を張ろう。落ち込んだら「ラン・ラン・ラン」を聞いて外に出よう。道に迷ったら「アングリー・ヤング・ウーマン」を聞けばいい。
2017年に再発売になった同CDには7曲のボーナストラックが収録され、そのうちの1曲、「コフィン・カー」のライヴバージョンには、曲が始まる前にヨーコが凄絶な体験を語るのが収録されている。それはジョンと知り合い、恋人となった最初の3年間に受けたバッシングのことだ。
アーティストとして自由に生きてきたヨーコに、ジョンの友人たちは「目立たなくしてたほうがいい。口を閉じて黙ってるほうがいい。自分の活動は辞めたほうがいい。そうすると幸せになれる」(『空間の感触』歌詞翻訳)と言ったという。そして広く社会からバッシングをされた。
「お前は死んだほうがいいと思われるようになりました。そのせいで私は……私の中には『罪の意識』がすさまじく貯まり始め、その結果、私は話すときに言葉がスラスラ出ず、つっかえるようになりました。(中略)ずっと自分ではとても雄弁な女だし、魅力的な女だと思ってきたのに、突然、ジョンと付き合ったせいで不細工な女だ――ブスのジャップだと思われるようになりました。(中略)そのときに悟りました。女というのは本当に大変なんだな、って。私ですら、言葉がスラスラ出てこなくなる。それまで30年間強い女として生きてきたのに……3年間そういう風に扱われただけで言葉につっかえる癖がついたんですから……」(同上)
この告白に続いてヨーコが歌った「コフィン・カー」は棺の車という意味で、女性たちは棺の車を乗り回しているという歌だ。前述のように「ゴシップもまた、ヨーコが生み出したアート」と飯村隆彦は書いていて、それには同意するものの、ヨーコを書きたてたゴシップは酷い誹謗中傷に変わりなく、とてつもなくタフな女に見えるヨーコにとっても凄絶な辛い体験だったんだと、この告白には衝撃を受け、涙が出た。その経験がしかし、ヨーコにフェミニストとしての表現者であることを決意させ、その道を強く、強く歩ませていったのは間違いない。
「フルクサス」
1960年代初めから、アメリカ人の美術家ジョージ・マチューナスが主導し、世界的な展開をみせた芸術運動。イベントを中心にさまざまなジャンルで、J.ボイス、N. J.パイク、G.ブレクト、W.フォステル、O.ヒギンズ、L. M.ヤング、B.ヴォーティエ、J.メカス、靉嘔、小杉武久、一柳慧、小野洋子などが参加した。ニューヨーク、ケルン、コペンハーゲンなど欧米の各地で活動を展開。フルクサスは、ラテン語で「流れる、なびく、変化する」などの意味。ヨーロッパを中心とした伝統的な芸術に対し前衛的性質を掲げてはいるが、厳密な定義はない。