森喜朗氏(東京オリンピック・パラリンピック組織委員会前会長)が女性蔑視発言により批判を受け、会長職を辞任。後継者を巡り迷走したことは記憶に新しい。選手、競技とは全く別の次元で多発する問題の根底に何があるのか。バルセロナ五輪女子柔道銀メダリストであり、現在はスポーツ社会学者として活躍する溝口紀子氏にうかがった。
森前会長発言と世論
――そもそも、森氏自身は総理大臣時代から、「(日本は)神の国」「(子どもを産まない)女性を税金で面倒みなさいというのはおかしい」発言など、舌禍事件で知られた人です。「国歌を歌えない選手は代表選手ではない」と言ったこともあり、「オリンピックは国家間の競争ではない」とうたっている五輪憲章を読んだことのない人がトップにいるということはうすうすわかっていました。
溝口紀子(以下、溝口) かねてから、森氏が妄言しやすい人だったというのはもう周知の事実ですよね。私もそうですけれども、時代錯誤と思いながらも、見過ごしてしまっていた。これをよしとする雰囲気はありました。
――柔道界で言うと、溝口さんは全日本柔道連盟の内部にいながら、2013年の女子選手に対するパワハラ事件に関しても声をあげて、変革を叫んで来られました。8年前から日本のスポーツ界のハラスメント体質は変わっていないのかと思う一方で、今回は世論が大きく動いたと感じます。問題の本質を追及していくうえにおいて、社会学者でもある溝口さんはこの流れをどう見ていますか。
溝口 世論についてはまず、やはりコロナウイルス感染症の影響でしょうね。コロナで私たちの景色が一変している。日本中で五輪開催反対という声が日増しに大きくなるのは、コロナで分断されている日常があるからです。
富裕層の人たちは、五輪の経済的な恩恵にあずかろうとして推進しようとする。その一方で、恩恵を受ける以前の段階で苦しんでいる人たちはどんどん切り捨てられていく。コロナによって、日本社会の脆弱な部分が明確に可視化されてしまった。ここまで生活が苦しくなってくると、今まで何となく見過ごしてきたことを見過ごせなくなってきた。人々の感知センサーがとても敏感になっている。
特に今、女性の自殺率が急激に高くなりました。女性が7割近くを占めるともいわれる非正規雇用の人たちがコロナで職を失い、自己責任では這い上がれないような貧困に追い込まれた。それまで女性たちはいつも頑張って頑張って、「わきまえて」きたのに、経済的な格差は開く一方です。そこにあの女性蔑視発言ですから、響きました。
さらには格差に喘ぐ男性たちも動いた。世論の動きを導き出したのは、これまで「わきまえてきた女たち」と「わきまえてきた男たち」なんです。
「時速300キロ」で爆走する
溝口 それともう一つは、国際的な流れがあったと思います。私に対しても海外メディアからの取材依頼が多かったのです。まず、外国の友人からの反応が多くて、「紀子の住んでいる日本って、まだこんな古い世界なのか!」「オリンピックの組織委員会にそんなトップがいて恥ずかしくないのか?」というようなことを言われました。
世界では#MeToo運動が広がっていますし、もちろんジェンダー平等を目指すオリンピズムについてもアナウンスされています。現在はセクシュアルマイノリティであるLGBTQの人々の多様性も大事にしていこうという流れが世界の主流です。注目度のある中で、五輪開催地からああいう発言が出てしまったことが、また拍車をかけて大きなムーブメントになった気がしますね。
――カナダ人のIOC(国際オリンピック委員会)委員であるヘーリー・ウィッケンハイザーが「絶対にこの男(森氏)を追いつめる」と発言したことも反響を呼びました。IOCのバッハ会長も森前会長の謝罪を受け、最初はそれで収束させようとしましたが、途中で「不適切」という声明を出しました。
女性蔑視発言
2021年2月3日のJOC(日本オリンピック委員会)臨時評議員会における「女性は競争意識が強い」「女性がたくさん入っている理事会の会議は時間がかかる」「女性の理事を増やしていく場合は、発言時間をある程度、規制をしないとなかなか終わらない」「組織委員会に女性は7人くらいおりますが、みなさん、わきまえておられて」などの発言。