まずひとつは、みんなが「スポーツ団体ガバナンスコード」に忠実に、意識改革をしなければならない。そして権力が一極集中してしまうようなピラミッド構造をどう改革していくのかという課題があります。私は五輪組織委が目標に掲げていた「女性理事40%」などと言わず、あらゆる社会の組織に女性を半分くらい入れていくしかないと思うんです。もう現状のジェンダーバイアスを変えて男女平等を実現するには、それ以外あり得ません。
男女平等に必要なことは?
――ただ、女性のアスリート、女性指導者の数そのものが少ないという現状があります。今後、女性にスポーツをもっと普及させていくために、どういうことが必要だと思われますか。
溝口 私も含めてですけれども、今までの女性コーチ、指導者は、男子の指導はできないという前提がありました。男性コーチは女子を教えられるけれども逆はできないと考えられてきたんです。しかし、教育において例えば、女子の数学、男子の数学も、女子の国語、男子の国語もありません。スポーツも本来は同じです。
1~2年前にフランスに行った時、ラグビーの有名なクラブチーム、モンペリエを訪問したことがあります。そうしたら、そこでは女性のコーチが男子のラグビー選手を教えていたんです。
女性は男子を指導できます。だから、日本でも指導者資格をちゃんと男女平等にするというところから始めたいですね。女子・女性の枠を増やそうとすると必ず「下駄を履かせるな」と言われてしまいます。しかし現状の制度や規定が男子・男性のための建て付けになっているのですから、最初のうちは下駄もやむを得ないと思うんです。また、資格や研修など実力をつけると同時に、役職につき実学を学ぶことも大切です。「役職が人を育てる」という言葉があります。男女問わず、責任ある立場になり、その責務を試行錯誤しながらもこなしていくことにより、その役職に適した能力を身につけていくことができます。
具体的に、女性指導者率をどのくらい上げるのか。静岡県では、高校体育の教員採用枠にはただでさえ20倍ぐらいの応募がくるんです。そこで例えば10人採用したら、女性はそのうち1人しかいないんですよ。おおむね女子のほうが優秀なんですが、不採用の理由はよくわかりません。
部活にしても、野球には女子部がほとんどありません。女子サッカー部もまだまだ少数です。そういうところを変えて女性の指導者をどんどん生み出していく必要があります。
一方で、競技によっては男性が入りにくい社会もあります。アーティスティックスイミングや、新体操、チアリーディングは女性の競技ですよね。チアはこれからもしかしたら五輪種目になるかもしれません。こういう競技における男性の比率もきちんと上げていって、男女の分散化、均等化を実現していくべきでしょう。
女性役員は増えるだろうか?
溝口 女性指導者を増やすには、クォータ制(性別割当制。quota)を導入しJOC(日本オリンピック委員会)やNF(国内競技連盟)の女性役員を多くすることが大切です。
2020年に、五輪の成功を見据えて醸成された「スポーツレガシーの持続」を設立目的としている一般財団法人の「日本スポーツレガシーコミッション」のことを調べていたのですが、そこの役員の顔ぶれを見て驚きました。
女性役員の数が40%どころか0%です。ホームページには「次世代に誇れるスポーツレガシーを」と書いてありましたが、これでは負のレガシーだ、と思わずツッコミを入れてしまったくらいです。
――最高顧問が御手洗冨士夫氏、顧問が似鳥昭雄氏、会長が河村建夫氏、以下、理事長、理事、監事、評議員の17名全員が男性なのですね。今年(21年)2月の衆議院予算委員会で、東京五輪の剰余金の受け皿になることを意図して設立されたのではないかと問われて否定されていました。その質問もさることながら、この男女格差は何なのか?という質問が出てこなかったところにまた問題の深さを感じます。
実際に自分もいまメディアで仕事をしていますが、仕事のできる編集者やプロデューサーは女性のほうが多い印象です。いろんな分野で見ていると、偉い人の「茶坊主」になるのは、男性の方が多い。
あとはいわゆる「名誉男性」ではない女性など、きちんと自分の言葉で発言できる人たちの起用が必要ですね。結局、組織委新会長は橋本聖子氏になったわけですが、世論は一切の忖度をせずに圧倒的に正論を発信し続けていた山口香さんを支持していました。彼女が組織委員会のトップになればまだ日本のスポーツ界も変われるのではないかという期待がありました。しかし、それだけ希求されても山口さんが、組織の上に届かないというのは、それを止める勢力があるということなのでしょうか。
正論を言う人物を組織のトップに押し上げる力
溝口 いえ、私は単に山口さんについて行くことによって生じる「うま味」としての求心力がないからだと思います。山口さんが組織に入った場合、言っていることは正論でも、ついて行った時の「うま味」はないと思われているのではないでしょうか。心の中で賛同はしても、表立って応援できないのは、結局、組織内の人たちは「御恩と滅私奉公」の関係性で実利を取るからです。
とりわけスポーツ組織は立場が脆弱な一方で、スポーツという公共事業から受けている恩恵を手放せません。スポーツジャーナリストも真っ向から本質を捉えようという人は一握りです。ほとんどの記者とメディアは、組織委員会の方々と同じようにみんな、何かしらの「恩恵」を受けている。あんまり都合の悪いことを言いすぎると、放映権をやらないぞ、取材を許可しないぞと脅かされるわけです。
――もう代表戦の取材パスを出さないとかね。森氏が川淵(三郎)氏に会長職を後継させると発言した時も、記者は川淵氏の自宅前に押しかけて肉声を聞くわけですが、「問題を起こして辞任する人がプロセスをすっ飛ばして後任を使命するという、こんな決め方で良いのですか?」と聞く記者が一人もいなかった。しかし当然ながら、世論は組織委の決め方に反発します。
溝口 メディアはそういう弱い立場で言論や報道を発信している、つまりそこには世論とはかけ離れた感覚があるということです。
「スポーツ団体ガバナンスコード」
スポーツの価値を損ねかねない不祥事などを未然に防ぐために、スポーツ振興・普及に従事する団体が守るべき規律のこと。2019年6月にスポーツ庁が策定した。中央競技団体向けと、一般スポーツ団体向けのガバナンスコードがある。