経産省や自治体の書店支援の取り組み
――日本の書店支援ということでは、経産省が「書店活性化プラン」を発表し、「書店振興プロジェクトチーム」を立ち上げました。これにはどのような経緯があったのでしょうか。また、現時点で何か成果は出ているのでしょうか。
経産省の取り組みが始まるに当たっては、出版文化産業振興財団(JPIC)理事長の近藤敏貴さんが中心になって行ってきたロビー活動が大きかったと思います。近藤さんはトーハン会長でもあり、書店や取次の業界団体を取りまとめて、政治に働きかけてきました。自民党の書店議連(「街の本屋さんを元気にして、日本の文化を守る議員連盟」)の設立にも、そうしたロビー活動の影響があったと聞いています。
「書店活性化プラン」を担当しているのは、経産省に新たに作られた文化創造産業課です。これまで出版に関する施策は文化庁や文部科学省の管轄でしたが、経産省の動きは、出版文化が情緒的な問題から経済の問題へとシフトしてきたことの表れと見ています。書店は街おこしとも相性がよく、地方活性化という観点からも、経産省が関わる意義があると捉えられたのでしょう。
経産省が2025年6月に発表した「書店活性化プラン」では、書店特有の課題を「読書人口の減少や書店の魅力向上に関する課題」「地域における書店と図書館・自治体との連携の在り方」「業界慣行における課題」「経営における効率化・省力化に関する課題」「新規開店やキャッシュレス決済に関する課題」の5つに分類し、政府が単独または民間と協力して取り組む施策として整理しています。内容を見ると、何か新たな取り組みを始めるというより、既存の仕組みを活用するものが多く、書店の活性化につながる明快な解決策があるというわけではありません。書店と一口にいっても、全国チェーンと街の個人書店では抱える課題も違うわけで、例えばDX化の支援金等は、ないよりいいとは言え、個人営業の小さな書店がどれだけ恩恵を受けられるかは疑問です。
書店の苦境にはより構造的な問題が関わっているということは、経産省も把握しているでしょう。文化創造産業課内に「出版産業における返品削減研究会」が立ち上がるなど、返品の削減や本の輸送費高騰といった課題についても同時並行的に検討が始まっているようです。今は、「書店活性化プラン」という看板を掲げることで、まずは書店支援に向けた社会の注目度を高めようという段階かもしれません。

――書店の苦境が伝えられる一方で、独立系書店も増えているようです。新たに開業したい人をサポートする取り組みなどは出てきているのでしょうか。
2024年7月から始まった、神戸市の「神戸『本』の文化振興プロジェクト」は、地域の出版文化や書店支援の仕組みとして注目しています。市内の出版社や書店が出店するブックフェア等のイベントなどを通じて市民に本に親しんでもらう機会が作られ、2025年9月から2026年1月に開催された「みんなの本屋講座」では、さまざまなキャリアの書店店主による経験談やノウハウなどを学べるレクチャー(全17回5000円)が非常に充実した内容でした。また、神戸市内に書店を開業する際、立地や条件に応じて45万円〜最大500万円の補助が出るなど、公的な支援も整備されています。こうした事業は、「書店が多い街」「読書が楽しめる街」という地域ブランディングにもつながり、行政による書店支援の一つのモデルにできるのではないかと思います。
他にも、青森県八戸市の公営書店「八戸ブックセンター」や福井県敦賀市の公設民営書店「ちえなみき」など、行政が書店の運営に携わる試みが着目されていますが、自治体がお金を出さなければならないというのは、その地域での書店経営は赤字が前提なわけですね。鍵となるのは、書店支援に税金を使うことに地域住民のコンセンサスがどれだけ得られるかです。例えば北海道留萌(るもい)市では、書店ゼロになった地域の住民の熱意が事業者や自治体を動かして新たな書店の誘致に繋げました。行政は書店開業に当たって補助金を拠出し、地域の活性化を図ることを目的とした包括的連携協定を事業者と締結、書店が本や文化の情報発信基地となることが期待されています。
また、売り上げの確保だけではなく、書店には専門性のあるスタッフが必須です。自治体も関わって書店を維持していくのであれば、そこで働く書店員をどう育て、雇用を確保していくかも考える必要があります。
なぜ「小さな書店」が注目されているのか
――さまざまな課題を解決していくためには、なぜ書店が必要なのか、改めて問われています。
現在の書店の苦境は、流通や配本、売り上げの分配率など、これまでのやり方の歪みが顕在化し、書店も含めた出版のシステムに大きな地殻変動が起こっているということでしょう。一方で、書店や本そのものに魅力がなくなったかといえば、必ずしもそうではないと思います。私が理事長を務めているNPO法人「本の学校」でも2023年から書店開業講座を定期的に開催していますが、それまで書店向けに開催していたときには10〜20人程度だった受講者が、10倍ぐらいに増えています。それだけ書店を開業したい人が多いというのは、やはり書店には魅力があるということでしょう。
ネット書店の登場以降、街の書店には以前とは異なるものが求められるようになっています。日本の書店は、「本へのアクセス」を確保するという観点から、平均的な品揃えを特徴としてきましたが、データベースのように商品を集め、欲しい本をピンポイントで抽出するネット書店がその役割を担うことで、街の書店は比較的自由に商品を選ぶことが可能になりました。近年、従来の書店とは雰囲気が違う小さな本屋が増えている大きな理由は、そこにあると思います。本が好きな人も、あまり馴染みがない人も、大きすぎない空間で棚に並ぶ本に触れ、出会いを楽しむというのは、網羅的なものへの一種の反動とも言えるでしょう。こうした動きがさらに進んで、通常の書店の流通には乗らない本と出会える「ZINEフェス」や「文学フリマ」の人気へとつながっているのかもしれません。
――先ほど、フランスでは書籍が文化財と位置付けられているという話がありました。スマホで情報を得るのが当たり前の時代に、紙の本の位置付けも捉え直す必要がありますね。
デジタルの情報には、情報アクセシビリティという圧倒的な利点がありますが、紙の本は視認性が高い、一覧性があるという面でやはり優れていると言えます。単行本で出したものを文庫にしたり、他の版元から出版したり、改訂版を新しく作ったり、アンソロジーにしたりと、さまざまなバージョンでリレーのように本を繋ぎ、コンテンツを残せるのも、紙の本ならではの特性です。装丁や帯の工夫、月報のような付録を入れるなど、紙の本にはアイディアを展開していく面白さもありますね。
また、デジタルの時代だからこそ、モノとしての紙の本の価値は高くなっていると思います。普段は電子書籍で漫画を読むけれど、好きな作品はあえて紙でも買うという人がいるのは、モノとして手元に置きたいニーズがあるということでしょう。デジタルの情報は、紙の本の良さ、紙の本を置く場所としての書店の意義を改めて掘り起こしていく契機でもあると思います。
「書籍は文化財」という考え方は日本では希薄ですが、書物の歴史ということならば、現存する世界最古の印刷物は奈良時代に刷られた法隆寺所蔵の百万塔陀羅尼ですし、源氏物語や蔦屋重三郎を例に挙げるまでもなく、日本は世界でも有数の出版文化を脈々と築いてきました。しかし、近代の急激な西洋化によってその豊かな伝統は否定され、過去から続く出版文化の流れも一度は途絶えてしまいました。そうした時代の断絶や裂け目から生まれ、新たな出版文化を築いたのが近代文学だと思うのですが、今やそれすら読まれなくなっており、日本の出版文化は近代をも忘却する二度目の断絶の時代を迎えています。フランスと違い、日本で出版や書物の価値が共有されていないのは、書物の歴史や文脈にアクセスできない、しない態度と表裏一体ではないでしょうか。
フランスの状況は羨ましい限りですが、書店の苦境を救うためには、図書館、読書フェス、文学フリマ、さまざまな書籍アーカイブも含めた出版文化の価値とは何かを、改めて社会で共有していく必要があると思います。

写真:三木光/アフロ