この本の中でラヴロックは、「地球生命体ガイア」が次にパートナーとして選ぶものは人間ではなくてサイボーグ、つまり人工知能だとする衝撃的な仮説を提示する。
それどころか、人工知能と地球との「ガイア共同体」ができ上がったときには動物も植物もいなくなる可能性がある、と100歳の科学者は反出生主義の旗手ベネターよりさらにラディカルなことを言う。その箇所を引用しよう。つけ加えておくが、これは新型コロナウイルス感染症が地上に出現する以前、2019年7月にイギリスで出版された本である。
「この新しいITガイアは当然ながら、人間が助産師の役回りをしなかった場合に比べてずっと長い生存期間を維持するだろう。最終的に、有機的ガイアはおそらく死ぬだろう。ただ、わたしたちが人間の祖先の種の絶滅を悼まないように、わたしの想像では、サイボーグたちは人間の滅亡を悲しまないだろう。」(『ノヴァセン 〈超知能〉が地球を更新する』松島倫明訳、NHK出版、2020年)
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新型コロナウイルス感染症の蔓延。反出生主義のブーム。自殺者の増加。いったい何が起きているのだろう。これは一時的なことなのか、それとも森岡氏やラヴロックが言うような「本質的な何か」の予兆なのだろうか。
もちろん、私は精神科医として、コロナの影響を受けてうつ状態を呈する人たちや「もう生きていたくない」と訴える人たちが少しでも苦痛をやわらげ、できることならばまた生きる意欲を回復できるように、知識と経験をフルに使って対応していくつもりだ。いくら反出生主義や「ITガイア」が何かの本質だとしても、「人生の中断もやむなし」などとは絶対に思わない。
しかし、いったん診察室を離れ、やや広い視野で世界を見たとき、また景色は違って見えてくる。これからもこの反出生主義の行方を、あるときは具体的に微視的に、あるときは抽象的に巨視的に追っていくつもりだ。