(前編からの続き)
昨年(2024年)12月に思わぬ身体不調が発生し、勤務先のむかわ町穂別診療所から救急車で都市部の総合病院に搬送され、緊急手術から9日間の入院という経験をした。
ふだんは当然のことながら医師として働いているのに、一瞬にして患者の立場になるというのは、いま思うと得がたい経験であった。
その間、いろいろなことを身をもって知り、また考えさせられた。それを箇条書きに記してみよう。
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① へき地診療所から都市部への搬送は一大事
穂別診療所から搬送先の苫小牧(とまこまい)市立病院までは60キロ超離れており、救急車でも1時間20分ほどの時間を要する。途中、舗装されてはいるもののかなりのでこぼこ道もあり、救急車内のストレッチャーも激しくバウンドする。
そう、救急車内にはスプリングのきいたベッドがあるわけではなく、脚が折りたたまれたストレッチャーに乗ったまま運ばれるのだ。乗り心地重視の寝台車ではなく救急搬送の手段なので当然といえば当然だが、腹痛がひどかった私にはかなりこたえ、何度も「うう……」と声が出てしまった。
② 医療過疎地だからこそ“たらい回し”がない
ただ、穂別診療所の同僚が採血などの検査をしてくれ、「これは高次医療機関に行った方がいい」と判断してから行き先が決まるまでは、とてもスムーズだった。
都市部では逆に、数えきれないほどの病院があってもこうはいかない。私はいまでも週末は東京の旧勤務先で外来診療をしているのだが、そこでは「この人は入院させた方がいいだろう」とか「救急車で一刻も早く設備の整った病院に送るべきだ」となっても、受け入れ先が決まるまでにいつもたいへんに苦労する。何カ所もの医療機関に電話しては「いま満床です」「今日は当番ではないので別をあたって」などと断られ、外来診療が完全にストップしてしまうこともままある。
広大な北海道は、14の行政区域(総合振興局または振興局のこと。一般に「管内」と呼ぶ)に分けられている。穂別診療所のある胆振(いぶり)管内の東側では、苫小牧市にあるふたつの総合病院が拠点病院の役割を担っている。だからこのふたつの病院は、穂別診療所のような周辺の小規模医療機関からの搬送依頼を断ることはまずない。夜間や休日も隔日で当番が決まっており、地元では診断や治療が困難な患者さんを受け入れてくれるのだ。
へき地診療所に勤める医師として、この「受け入れ先を探して右往左往しなくてよい」というのは本当にありがたい。「よし、これはもう苫小牧の病院に行きましょう」と判断するまでに悩むこともあるが、たとえ搬送して「たいしたことはなかった」となって帰宅できることになっても、送り先から「どうしてこんな軽症者を搬送したんですか」と表立って苦情を言われることもない。また、患者さんや家族からも「ほら、行かなくてもよかったのに」と言われたこともない。みな「手遅れになってからではどうにもできない」というへき地医療機関の事情や限界をよく理解していてくれるのだ。
そういうわけで私も、「どこに行くことになるのだろう」と不安を感じる間さえないうちに搬送先が決まり、あっという間に診療所のすぐ近くにある消防署から救急車が来てくれた。だから道中、ほんの少しだけバウンドしてその都度、痛みがひどくなっても、心の中は不思議なほどおだやかでいられたのだ。
③保証人や緊急連絡先はどうする
ただ、ひとつ気がかりだったのは、搬送の前に苫小牧市立病院から「家族もこちらに向かってほしい」と言われたことだった。
私は、穂別ではひとり暮らしだ。苫小牧市から電車で1時間ほどの札幌市に弟とその家族が住んでいるものの、誰かがすぐに動けるかどうかわからない。いわゆる“ダメ元”で弟に電話をすると、「すぐに自分か妻が向かう」と言ってくれてひとまずホッとした。
ただ、もし親族がいない地で体調不良となり緊急入院となったり、近くにいても「今日はどうしても行けない」という状況だったり、ということも十分、考えられる。
ふだんは私も、ひとりで穂別診療所を受診した患者さんの入院が必要になると、「ご家族か親戚に来ていただきましょう」と伝えている。身元保証や緊急連絡先の書面に記入してもらったり治療の説明が書かれた入院計画書をわたしたり、本人がひとり暮らしの場合、自宅まで出向いて、身の回りのものやふだん飲んでいる内服薬などを持ってきてもらわなければならないこともあるからだ。
今回の自分の入院騒ぎが終わって復職してから、「身内が来られない人はどうしてるんですか」と診療所のスタッフにきいてみた。その場合、穂別診療所ではまず親族に電話をして入院することを伝え、口頭で了承が得られたら入院同意書などを郵送して署名し返送してもらうのだそうだ。身の回りのものなどは、患者さんから信頼できる近所の人に頼んでもらったり、高齢者なら包括支援センターのケアマネージャーが動いてなんとか自宅から持ってくるのだという。
もちろん、「親族がひとりもいない」「いるにはいるが事情があって音信不通」という人もいる。そういう場合でも入院を拒むことはないのだが、「なるべく親族の同意を」というのが基本となっている。都市部の病院の場合、身元保証人は事実婚や同性のパートナー、友人など血縁にない人でも可というところも増えてきているし、民間の身元保証サービスが間に入ることもある。ただ、いずれにしても、誰かに身元を保証してもらい緊急の際の連絡窓口になってもらわなければならないことが多い。
これから独居者はますます増え、とくに高齢者では「身寄りもないし信頼できるパートナーや友人もいない」という人もめずらしくなくなる。“おひとりさまの入院や手術”に対応した仕組み作りが必要になるのではないか。
④年寄り扱い、子ども扱いが気になる
めでたく苫小牧市立病院に到着し、救急外来で手早く診察してもらい、その日のうちに手術と決まって、やっと一段落。その段階で、看護師さんから本人への問診や入院に必要な物品の説明などがあった。ただ、方針は決まったもののこちらの痛みは相変わらずで、その問診への回答、また造影剤を使ったCT検査、病衣のレンタルなど各種手続きの説明をきくのと署名がとてもつらかった。