世界の平均寿命が71歳であるのに対して、日本は83歳。男女別では、女性は86歳で世界一、男性は79歳だがこれも堂々の世界3位。世界最短のアフリカ・シエラレオネが平均41歳ということを考えると、すさまじいほどの長寿とも言えよう。
では、「日本って本当に高齢者が長生きできるいい国」と言えるかというと、それにはちょっと疑問を感じずにはいられない。
後期高齢者医療制度の問題がクローズアップされて以降、“医療難民”“リハビリ難民”になっている高齢者の実態が、つぎつぎ浮き彫りになった。地方では地元のデパートや商店が次々に閉鎖、自動車の運転ができない高齢者は、郊外の大型店に買い物に行くこともできず、不便な生活を強いられている。さらには、高齢者の長寿を喜ぶはずの家族に介護の負担が押し寄せ、「介護地獄」「介護うつ」といった用語まで生まれている。
せっかく長生きしたのに、ふつうの生活すら満足にできない、適切な医療も受けられない。また、家族にも経済的、時間的、心理的負担をかけてしまい、心苦しい。そんな声を診察室でもよく聞く。
現在、97歳の現役内科医にして聖路加国際病院理事長の日野原重明氏は、診療、講演や対談、主宰している「新老人の会」のイベントや各種会議などで土、日もない忙しさ、4年先まで手帳が埋まっているという。日野原氏は、「これからのことを考えるとワクワクする」とまで語っているのだが、このように社会の中での重要なポジションをキープしたまま、「ああ、長生きって本当にいいものだ」と人生をエンジョイできている高齢者は、ほんのひと握りしかいないと思う。
そしてさらに、この5月、麻生太郎首相は経済諮問会議で少子化対策の重要性を強調して、こう発言した。「これまで主に高齢者中心の社会保障に集中していたが、若者や子育て世帯への支援が、国を挙げて取り組むべき最重要課題になってきている」
もちろん首相は、高齢者の社会保障はいらない、と言っているわけではない。 しかし、財源には限界があるのだから、若者への保障が手厚くなれば、その分、削られるのはどこであるかは、明らかであろう。
たしかに、国にとっても企業にとっても、活動力も経済力も下がりつつある高齢者より労働や消費の中心になっていく若者や子どもをより大切にしたくなるのは、いたし方ないかもしれない。とはいえ、これまでがんばって社会を支え、家族を作ってはぐくんできて、健康を大切にして長寿を迎えた高齢者が、安心して楽しく暮らすことができない社会、肩身の狭さを感じながら不便にも耐えてひっそり暮らさなければならない世の中というのは、やはりどこかおかしいのではないだろうか。
おそらく外国から見れば、長寿国・日本は若者も子どもも政治家も、みなが高齢者を大切にするからこそ、この“偉業”が成し遂げられた、と思っているはずだ。しかし、そうではなくて、高齢者の長寿はあくまで本人の自助努力によって得られた結果。そう知ったら、世界の人たちも失望してしまうだろう。「そう、日本はお年寄りを大切にする国で、この世界一の長寿を誰もが誇りに思っているんですよ」と言える社会をすぐに実現させるのは無理にしても、それに少しでも近づけるよう、マスコミも企業のリーダーも、そして私たちミドル世代や若者も、もっとこの「長寿世界一」の意味をかみしめるべきだ。