アスペルガー症候群とは、脳の情報処理機能の不全により起こる「広汎性発達障害」のうち「自閉症スペクトラム」に分類される障害だ。この人たちは知能には問題がなかったり、ときには知能検査では優秀な成績をおさめることもあったりするため、大学や大学院時代はこの障害の存在に気づかれないまますごす場合もある。
ただ、就職して人間関係が複雑になってくると、一般の人たちとの違いが浮き彫りにならざるをえない。では、その「違い」とは何か。簡単にまとめるとそれは、「社会性やコミュニケーション能力に問題がある」「相手の気持ちを理解することができない」「視覚的な刺激に弱いなど感覚が特異的」「興味の範囲が狭い」となるだろうか。
中でも、職場でいちばん問題になるのは、「空気が読めない、言葉を文字通りの意味でしか使えない」ということだ。たとえば、彼らはお世辞を言ったり言われたりするのが苦手で、きわめてストレートな会話しかできない。年齢より上に見えるクライアントに悪気なく「ずいぶん老けてますね」と言ってしまったり、相手が「今度、飲みに行きましょうよ」といった社交辞令に「はい、今晩、行きましょう」と答えてしまったりする。
先の雑誌で取り上げられていたIT企業では、アスペルガー症候群の社員を支援する「AS(注・アスペルガー症候群)向上会」という取り組みを行っているのだという。その企業では少なくともその診断を受けた社員が4人おり、役員以下約60人の社員全員がそのことを知っている。そして、同社では疑いのある社員たちに受診やデイケアへの参加を勧めながら、社内でも「AS向上会」というランチミーティングなどを開き、上司らとのトラブルの事例報告や原因、対処法の検討などをリーダー役が音頭を取りながら行っている。
なぜ、そこまでのことをするのか。これもメンタルケアの一環なのか。そうではない。先にアスペルガー症候群の特徴として「興味の範囲が狭い」というのをあげたが、彼らの中には、その狭い範囲のことに限っては天才的な知識や技術を有する人も少なくない。つまり、天才的な凝り性なのだ。レオナルド・ダ・ヴィンチやアインシュタインなど歴史を変えた芸術や科学の天才にも、この障害を持っていたと思われる人が少なくないと言われる。
だから彼らの特徴を生かすことは、本人自身のためだけではなくて、会社のためでもある、という声もある。先の会社の幹部も、「もともとは国立大学や大学院を出て能力がある人たちです。アスペルガー症候群にきちんと向き合うことが、本人も幸せになるし、会社の全体の業績アップにもつながると信じています」と語っている。
また、「相手の気持ちがわからない」とは言え、彼らにはもちろん、友情や愛情を感じ、家族や友だち、仲間を大切にする気持ちはある。ただその感じ方や表現の仕方が、率直だったり独特だったりするだけなのだ。「まわりくどい言い方は避けて、会話はなるべく具体的に」「やや常識とは違う言動があっても、相手には悪気はないことを理解した上で、きちんと指導してあげる」といった点にいくつか注意すれば、彼らのそのこびない、ブレないユニークな能力を職場で存分に発揮してもらうことも十分、可能なのだ。
そのためにはまず、アスペルガー症候群に対する偏見を取り除き、本人がそう診断されても不利益を被らないような雰囲気や仕組みを作るべきだろう。冒頭に紹介したような「アスペルガーの人たちを生かしていっしょにやって行く!」という意気込みの職場が増えることを願いたい。