気になるのは、子どもには一連のいきさつがどう伝えられているのか、ということだ。いずれのケースも子どもはまだ幼く、十分な説明はなされていないのかもしれない。しかし、「あなたの本当のお父さんは誰か」ということで裁判が行われ、おとなたち、それも両親や一度は親だった人たちが争いあったという事実は、いつか子どもの知るところにもなるだろう。
かつて私が担当していた女性患者さんが離婚することになり、子どもの親権をめぐって夫婦が激しく争った。女性は子どもに「それくらいママにとってもパパにとってもあなたが大切なのよ」と説明したが、子どもは正しく理解できず「ボクのことでパパとママがけんかしていっしょにいられなくなったんだ」と考え、ふさぎ込むようになった。子どもというものは、親が単独あるいは夫婦で穏やかではない状態になったときに、そうでない場合でも「私のせいだ」「ボクがいい子じゃないからだ」と自分のせいにしがちなのである。
イギリスの精神分析家メラニー・クラインは、乳幼児の観察を通し、まだ1歳に満たない乳児が自分と母親とは一体化した関係ではないと気づき、それと同時に「これほど大切な愛する対象を傷つけ、失ってしまうのではないか」という心配や罪悪感に襲われることを発見した。クラインは、そういった子どもの心の姿勢を「抑うつポジション」と名づけた。そして、この「抑うつポジション」は乳幼児期で終わるものではなく、その後、児童期、青年期と形を変えて繰り返し出現することも知られている。
ただ、おとなになると他人のせいにしたり、自分のほうが傷つけられているとする正当化の知恵も身につくので、子どもほどにはなんでも「私のせい」とは感じなくなる。つまり、「抑うつポジション」がまだ強い子どもほど、たとえ自分とは関係のない両親のいさかいであっても「私のせい」と感じて、勝手に自分を責めたり落ち込んだりしやすいのだ。これは両親の問題に限ったことではなく、東日本大震災の後、保育園に通う小さな子どもの中で、「私が悪い子だったから津波が起きたの?」「ボクがいたずらばかりしたから地震が起きた」と口にする子どもが相次いだという話も聞いたことがある。
だから、子どもに離婚を伝えるときには、とにかく「これはパパとママのせいで起きたことで、あなたがよい子じゃないからとか悪い子だから、ということじゃない。あなたには悲しい思いをさせることになって本当にごめんなさい」と一方的におとなの責任であることを伝えたほうがよい、と私も診察室でよく話す。決して「あなたのためにこうした」「あなたもパパを嫌っていたから決めた」などと、子どもにも離婚の原因の一部があるような伝え方をしてはいけない。
最高裁での3件の裁判では、渦中にいる子どもたちにはどう伝えられ、子どもたち自身はどう感じているのだろうか。せめて「これはおとなどうしの勝手ないさかいなんだ。あなたは気にしないで元気に遊んで大きくなってほしい」とまわりが一生懸命、伝えてあげるべきだ。