2017年10月、安倍晋三総理が解散権を行使して衆議院が解散され、総選挙が始まった。
テレビや新聞は連日、この話題を大きく取り上げているが、有権者の反応はどうだろう。今回ほど「関心が高い層」と「関心がない層」の乖離が激しい選挙もないのではないだろうか。
2005年を例にとると、当時の小泉純一郎総理は参議院本会議で郵政民営化関連法案が否決されたのを不満とし、自らの解散権を行使していわゆる「郵政解散」を行った。これを受けて実施された総選挙は、自民党の造反議員の選挙区に「刺客」や「くノ一」と呼ばれる女性候補者が送られて話題を集めたり、各地で応援演説を行う小泉総理の名調子が人気となったりしたことで、「小泉劇場」と称されて有権者の関心がとても高かった。その結果、投票率は67.5%と前回の選挙より大きく上昇したのだ。
ところが、今回はどうか。まず解散そのものが「大義なき解散」とも言われ、多くの有権者の納得を得られなかった。朝日新聞社が9月末に行った世論調査では、解散理由に「納得しない」は70%で、「納得する」の18%を大きく上回った。
また、小池百合子都知事率いる新党「希望の党」結成と、そこへの民進党の合流計画の浮上、しかしそれが当初の前原誠司民進党代表の発表のように全員の合流とは行かず頓挫、最終的にはそこに加わらなかった民進党議員を中心とした新党「立憲民主党」の設立、と事態はあまりに目まぐるしく動いた。そのあたりをつぶさにフォローしている人たちにとっては、このダイナミックな野党再編成は失望と期待とを交互に高めるものであるようで、一部のメディアやネットはおおいに盛り上がっている。とくに立憲民主党のツイッターアカウントのフォロワーはわずか1週間ほどで17万人を超え、安保法制への異議や立憲主義を明確に唱えるこのリベラル新党への期待の高さがうかがわれる。
とはいえ、その熱気が全国の有権者を巻き込むほどのものかと言うと、必ずしもそうではない。私は週末はたいてい講演のために地方を訪れるのだが、政治に明るいわけではない私にまで「いろいろな新党ができたが、いったいどうなっているのか解説してほしい」といった質問の声が寄せられたりする。政党や候補者の政策に深く踏み込むことなく、「小池都知事のような女性がリーダーとしてがんばるのはよいことだ」と印象を話してくれる人もいる。さらには、「あまりに複雑でわからない。とりあえず北朝鮮から守られればよい」と選挙への無関心を隠そうとしない人も少なくない。
もちろん選挙の後半戦にかけてどんどん盛り上がっていくことを期待したいが、このままでは一部の人だけが高い関心を示し、その圧力が高まって熱狂状態になればなるほど、無関心な人たちとの乖離が進み、投票率も低いまま終わる可能性がある。あえて名づければ、「圧力鍋選挙」となってしまうということだ。
この関心の「圧力鍋化」を防ぎ、なんとかその中の熱気が外にも伝わるようにするには、どうすればよいのか。ひとつには、「鍋の中でなんだかわからないがおもしろいことが起きているぞ」と思わせる手がある。かつての「小泉劇場」の再現だ。しかし、いまさらそれを仕掛けて成功するとはとても思えない。
だとしたら、ここは「圧力鍋」のふたを取り、各政党も立候補者も、ごくわかりやすくシンプルに、「私たちは何をやりたいか」を訴えるという正攻法に出るしかないかもしれない。
いま世界の多くの人たちは、ドナルド・トランプ大統領と金正恩氏の過激な言葉の応酬に辟易している。にもかかわらず、両者に引きずられるように、日本の政治家の言葉も過激で大げさなものになる傾向がある。「日本をリセット」「異次元の圧力」「歴史的なチャンスの選挙」といった映画のキャッチコピーのようなフレーズに、実は多くの国民は疲れているのではないだろうか。それよりも「あなたがより安心して暮らせるようにがんばります」など、ごくふつうで穏便な言葉のほうがすっと胸に入ってくる。
ふつうの暮らしの中のふつうの選挙。有権者にそう思ってもらえないと投票率は上がらない。「ふつう、と言われても、政治状況が異常だから無理」という声もあるだろうが、それでもあえてふつうにまじめに訴え、メディアはそれを伝える。有権者が本当に求めるものは、そこにしかないように思う。
選挙はなぜ「圧力鍋化」するのか?
(医師)
2017/10/12