元祖ヒーロー・ヒロインたちの第二弾。歌舞伎ならではのドロドロの人間関係、因果応報の倫理観、浮き世のしがらみが面白い! 歌舞伎のキャラクターには、人間の持つあらゆる性格や感情、行動が凝縮されているのだ。(2009年 編集協力/伊佐めぐみ)
真柴(ましば)
渡辺綱(わたなべのつな)の伯母として登場するが、実はもののけの茨木童子(いばらきどうじ)。前話にあたる『戻橋(もどりばし)』では、娘に化けたところ綱に片腕を斬り取られたので、今回はそれを取り戻すために伯母の姿で館へ赴く。門は七日間の物忌みで固く閉ざされており、最初はにべもなく会うことを断られるが、昔可愛がってやったと恩に着せて、ようやく門の中へ。綱が気を許したすきに、腕を取って天空へと飛び去る。片手だけで舞うのは至難の業。『茨木(いばらき)』(1883年初演)。
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守山辰次(研辰)(もりやまたつじ・とぎたつ)
武士に成り上がったものの、元は刀研ぎなので通称、研辰。小賢しく卑怯で小心者という武士道にあるまじき男。面前で笑い者にされた腹いせに、家老が肝をつぶす姿を笑い返してやろうと罠を仕掛けるが、想定外にショック死。仇討ちに立ち上がった家老の二人の息子から逃げ回ること幾余年、捕まっても死にたくない、と恥ずかしいほどに懇願する姿は人間そのもの。昨今は中村勘三郎による、この野田版が人気。木村錦花作。『研辰の討たれ(とぎたつのうたれ)』(1925年初演)。
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木内宗吾(きうちそうご)
千葉県佐倉の地主。たび重なる凶作と重い年貢の取り立てにあえぐ農民を代表して御上(おかみ)へ訴えるが、いつも悪臣にはばまれ、なかなか聞き届けられない。身を賭して将軍への直訴を試みるも、当時は御法度(ごはっと)。夫婦は磔(はりつけ)、四人の子は赤ん坊まで斬殺という無惨な最期を遂げる。信頼厚い宗吾のために渡し守が禁を犯して船を出す場、妻子との胸詰まる別離の場は、いずれも吹きすさぶ雪景色の中。農民を扱った珍しい作。『東山桜荘子(ひがしやまさくらぞうし)』(1851年初演)。
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淀君(よどぎみ)
豊臣秀吉の側室。後継者秀頼の母でもあり、夫の死後も絶大な権力をふるう。大坂の役以後の豊臣家没落を描く坪内逍遥(つぼうちしょうよう)の二作品『桐一葉(きりひとは)』(1904年初演)、『沓手鳥孤城落月(ほととぎすこじょうのらくげつ)』(1905年初演)では、プライドが高くヒステリックで猜疑心(さいぎしん)の強い女として描かれる。彼女にかかれば、和平派として徳川との折衝に骨を折る片桐且元(かたぎりかつもと)も獅子身中の虫、嫁の千姫も裏切り者と決めてかかり、いじめ抜くほどの錯乱ぶり。
◆その他のミニ知識はこちら!【歌舞伎のヒーロー・ヒロイン列伝 Part 2】