元祖ヒーロー・ヒロインたちの第二弾。歌舞伎ならではのドロドロの人間関係、因果応報の倫理観、浮き世のしがらみが面白い! 歌舞伎のキャラクターには、人間の持つあらゆる性格や感情、行動が凝縮されているのだ。(2009年 編集協力/伊佐めぐみ)
安達元右衛門(あだちもとえもん)
父の仇討ちに燃える兄弟の供をする道すがら、禁酒の誓いを破り、酒に溺れて職を解雇される。その後、敵に寝返り残忍な悪党へと転身して本領発揮。同じ主人に仕える実直な弟を寝ているすきに刺し、主人の奥方が身売りした百両を強奪、殺しはいつもだまし討ちという卑怯さで、あまりに後味が悪いためか滑稽に走る演じ方が多い。金と生への貪欲さがこの男の原動力。『敵討天下茶屋聚(かたきうちてんがぢゃやむら)』(1781年初演)。
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蘭平(らんぺい)
刃物を見ると乱心する難病の持ち主、というのは実は敵をあざむく策略。主人に罠をかけるため館へ招き寄せた男が、はからずも弟とわかって謀反の大望を打ち明けてしまうが、それもすべて見抜いた館主の罠だったという大ドンデン返し。仕掛けたはずが見事仕掛けられ、奥庭で派手な立ち回りを演じて進退きわまる。子に手柄を立てさせれば名跡の復活を約束すると言われ、最後は静かに子の縄につく。『倭仮名在原系図(やまとがなありわらけいず)』(1753年初演)。
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善玉・悪玉(ぜんだま・あくだま)
正確に言えばこれは役名ではない。漁師の山車(だし)人形が踊り出し、天から降りてきた善玉・悪玉に魅入られて、「善」「悪」の面をかぶった姿で繰り広げられる人気舞踊。従来の歌舞伎舞踊の概念をくつがえす跳躍に次ぐ跳躍、まばたきする間も惜しいほどの速い展開、清元(きよもと)の名調子、いずれをとっても見ごたえのある作品。立方(たちかた)二人の力が拮抗(きっこう)すればするほど観る醍醐味(だいごみ)も増すというもの。通称『三社祭(さんじゃまつり)』(1832年初演)。
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小春・治兵衛(こはる・じへえ)
大阪で紙屋を営む妻子持ちの男と遊女の心中事件。治兵衛の妻の貞淑さにほだされて、嘘の愛想尽かしをした小春だが、心の底では既に死を決意している。真意を見抜けず刃傷(にんじょう)沙汰にまで及ぶやさぐれ夫の治兵衛に対し、小春の死を予感した妻は、別れを願った自分の行いを悔い、財産を投げうって小春を助ける算段をする。そんな妻へせめてもの罪ほろぼしとして、二人は離れた場所で果てるのだった。『心中天網島(しんじゅうてんのあみじま)』(初演年不詳)。
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直侍(なおざむらい)
本名は片岡直次郎。ヤクザ稼業に身を落としたが、元は御家人だったので直侍と呼ばれる。賭場(とば)で巻き上げられた手代(てだい)の二百両を取り返しに乗り込んだのがあだとなって指名手配。心労をかける、恋人で女郎の三千歳(みちとせ)が病気療養していると聞き、お尋ね者の自分と縁を切らせるため雪の中を出掛けてゆく。二人の逢瀬(おうせ)は清元「忍逢春雪解(しのびあうはるのゆきどけ)」の哀切な調べにのせて。『天衣紛上野初花(くもにまごううえののはつはな)』(1881年初演)。
◆その他のミニ知識はこちら!【歌舞伎のヒーロー・ヒロイン列伝 Part 2】