若者ギャング団「マラス」に関わる女性の中には、服役中の夫の元へ面会に通い、帰りを待ちながら貧しさと闘うスカーレットのような人もいれば、自身がギャングとして活動した者もいる。4年ぶりに訪れたホンジュラス第二の都市サン・ペドロ・スーラで、私たちの前に現れたのは、そんな女性、ジェシカだった。
MS-13の「コネーハ(うさぎ)」
2019年夏、4年ぶりのホンジュラス行きを計画していた私たちに、ジェニファーがSNSで、「とても興味深い人生を歩んだ元マラス・メンバーの女性を紹介しましょうか」と、提案してきた。ジェニファーとは、『マラス 暴力に支配される少年たち』(集英社文庫)でも紹介した、NGO「ホンジュラスの若者よ、ともに前進しよう(JHA-JA)」の代表だ。ホンジュラスで最もマラスが勢力を持つサン・ペドロ・スーラで、20年以上、ギャングが多い地域の子どもや若者を支援している。
「(二大マラスの一つ)マラ・サルバトゥルーチャ(MS-13)のメンバーとして戦闘にも参加した女性で、ジェシカといいます。MS-13の中では、すばしっこいため『コネーハ(うさぎ)』という愛称で知られていました。今はもう引退しているけれど、ここまで深くマラスの世界に関わった女性はそうはいません」
ジェニファーの話を聞いて、私はぜひ会いたいと答えた。そして、9月半ば、サン・ペドロ・スーラのジェニファーの家に滞在することになった私たちは、そこでジェシカ(34)を紹介された。
彼女は、長い髪を一つに束ねて頭の高い位置でキュッと結び、ラテン女性特有のハスキーな声で「初めまして」と、私たちに抱擁を求めた。風邪をこじらせたらしく咳き込んでいるが、「インタビューに支障はありません」ときっぱり言う。タフさがうかがえる。
話の前に、まず彼女の子どもたちに会いに行こうと言われ、私たちはジェシカと一緒に、ジェニファーの運転で街の北側に位置するスラムへ向かった。そこはMS-13が支配する地域だという。到着したのは、六畳と四畳半くらいの2部屋からなる狭いアパートだった。6歳、9歳、13歳の息子3人と、「互いの生活を助け合うために同棲している」という家具職人の恋人(27)が、珍しい外国人客が来るのを待ちわびていた。この家族は、基本的には母子家庭だが、ジェシカの恋人が父親代わりに同居している。ラテンアメリカの貧困家庭によくあるパターンだ。
「日本から来たって、ほんと?」「飛行機に乗ったの?」と、子どもたちが好奇の目でこちらを見る。ジェシカが、「この子たち、日本人が来るのよ、と話したら、日本人って奇麗なの、カッコいいの、と聞いたんですよ」と、笑う。
その後、私たちはまた4人でジェニファーの家に戻り、インタビューをすることになった。家の裏手の物干し場に椅子を並べ、私とジェシカ、写真を撮る篠田が座る。
「自分の人生を他人に詳しく話すのは、これが初めてなんですよ」
そう前置きをすると、ジェシカは静かに話を始めた。
-
マラスに救われて
「ギャングになったのは、娘である私の言葉ではなくあの男の言うことを信じて、母が私を家から追い出したことが原因です」
それは彼女がまだ14歳の頃だった。当時、母親は4人目の連れ合いと暮らしていた。ジェシカには、実父を含めて4人の「父親」がいた。きょうだい8人のうち、上3人は母親と最初の連れ合いとの間に生まれた子どもで、ジェシカとすぐ上の兄は二番目の、続く妹と弟は三番目の男との子どもだった。そして、一番下の弟の父親である四番目の連れ合いこそが、「あの男」だ。
「あの男は、女性をレイプして殺すような人間でした。それなのに、母は彼に夢中だった。だから、私が彼から性的いたずらをされていると訴えても、信じてくれなかったんです。それどころか、私が色目を使ったんだと非難しました」
母親は娘を守るどころか怒りと嫉妬心しか抱かず、小さなバッグに衣類を詰め込むと、ジェシカに家を出ていくよう命じた。それが、少女のギャング人生の始まりだった。
「追い出されて最初に思い浮かんだのは、中学の同級生で『モスカ(ハエ)』と呼ばれていたギャング少年の顔でした。彼に事情を話し、住める場所はないかと聞きました」
ギャングは仲間になりさえすれば大抵のことを解決してくれると、少女は知っていた。だからモスカを頼り、彼が所属する「バトス・ロコス(V.L.)」に入った。それは彼女が当時住んでいたリベラ・エルナンデス地区の一部を支配しているギャング団だった。
「仲間の家に住まわせてもらえました。ところが2カ月ほどした頃、MS-13がV.L.のタトゥーをしている人間を全員殺しにくる、という噂が流れたんです。私は焦って、MS-13の縄張りへ引っ越しました。自分はまだタトゥーはしてなかったんですが、タトゥーをしていた仲間がすでに6人も殺されていたからです」
幸い、引っ越した先の地区を支配するMS-13のリーダーは、「1週間以内に俺たちの仲間になると決めるなら、見逃してやる」と言ってきた。それで、ジェシカは本気でギャングになる決意をする。当時マラスに入るために課せられた儀式を、受けたのだ。
「頭に袋を被せられ、16秒間、仲間に蹴られるのに耐えました。終わるとすぐに伝令が飛び、街中のMS-13メンバーに私が入ったことが知らされました」
1990年代末、マラスは結束力と忠誠心の強いギャング集団だった。メンバーは互いを家族と見なし、仲間のためなら命をかけた。ジェシカ曰く、「グラン・ファミリア(ビッグファミリー)」だった。
「どこで生き、どこで死ぬか、すべてがファミリー次第でした。その分、本当の家族のように面倒を見てくれました」
ジェシカは、MS-13が武器やマリファナを隠しているアジトで暮らしはじめる。そこには睡眠用のマットレスが並べられ、10代中心の若いメンバーが共同生活をしていた。「ホーミー」と呼ばれるリーダーたちのジーンズやシャツを手洗いで洗濯するのが、彼女に与えられた最初の任務だった。
「1日にホーミーのジーンズを100本洗うこともありました。でも、仕事以外の時間は、堅気の恋人と過ごしていました。年上で宝石商をしていた男性です。まもなく長女を身ごもりました」
15歳の時だ。