ところが娘の父親とは、出産前に別れてしまう。彼がジェシカのギャング生活を許さなかったからだ。
「彼は私に、マリファナをやったり、リベラ・エルナンデス地区でのパーティーに行ったりしてはダメだ、と言いました。でも私は、そうやって男に支配されるのが嫌だったんです」
リベラ・エルナンデスは、MS-13とライバル「バリオ・ディエシオチョ(M-18)」が縄張り争いを繰り広げる、ホンジュラスで最も危険な地区だった。それまでまともなアドバイスをしてくれる大人に出会ったことがなかった少女は、ギャング仲間以外の人間の言うことに耳を貸さなくなっていた。それから2年間、ジェシカの人生がギャング一色になることは、もはや避けられなかった。
ギャング少女の日常
「私の体内にはこの頃に受けた銃弾が、5発残ってます。神経に触れているので、下手に動かすと足が不自由になったりする可能性があって、そのままにしてるんです」
ジェシカはそう言って、足や腹部、頭を指差した。長女を産んだ15歳からの2年間、彼女は当時でも珍しい、マラスの女性戦闘員として腕を鳴らす。
「走る、塀を乗り越える、バイクや車を運転する、銃を使いこなす、仲間と連携する、といった訓練を受けました。女ギャングは、細身なら軽めの武器の使い方を教わり、私のように体格がよければ大型の取り扱いも覚えました」
身につけたスキルで、敵対するマラスとの戦いや犯罪に、武器を手に参加した。
「戦闘中に万一、武器を失った場合は、なぜそうなったのか、ホーミーにきちんと説明しなければなりませんでした。ただブラブラしてるだけの時に失くしたり、奪われたりしたら、仲間の前で16秒間、蹴られ続ける罰を受けました」
組織のために忠誠を誓い、失敗には責任をとる。それが掟だった。その代わり、稼ぎのいいベテランたちは下っ端の面倒をよく見て、なんでも与え、相談にも乗った。彼らの犯罪は、個人の利益や顧客とのビジネスのためではなく、ファミリーのための仕事だった。
「今のマラスは麻薬犯罪組織とのビジネス優先で、価値のある情報や関係者の利益のためにしか、殺人は行いません。その殺人も、ホーミーのボディガードである殺しの専門集団が担います。でも、昔はメンバーなら誰もが殺人を請け負い、それをこなすことで組織を潤わせ、地位を築いていきました。そういうホーミーがリスペクトされたんです」
そんな時代のマラスに、ジェシカは生きていた。
「まさにヤるかヤラレるか。戦闘の際、私たちは少女同士でペアになって、行動していました。一緒に走っていた少女が、目と脳ミソを吹き飛ばされるのを横目に見たこともあります。その子はまだ12歳でした。私も撃たれましたが、マリファナを吸ってたせいか、痛みを感じずに走って逃げ切りました」
淡々と描写する。
「時には、片手に銃を持ち、もう一方の腕には娘を抱えて戦闘に出ました。それを知った義理の母が警察に訴え、娘は私から引き離されて施設に預けられたんです。以後9年間、娘には会えませんでした」
この出来事がジェシカをより孤独にし、彼女はギャングとしての生活に縛られることになる。
「やけになった私は、どんどん女性メンバーを勧誘し、麻薬を売りさばき、未成年犯罪者の更生保護施設にも世話になりました。やがて、年齢をごまかして刑務所に入るミッションも行うようになったんです」
成人の女性メンバーは、刑務所に服役中のホーミーたちに必要なものを運ぶ仕事をしていた。まだ16歳だった彼女は、「18歳(の成人)」と書かれたニセの身分証を手に入れ、運び屋を始める。
「脱獄のためのトンネルを示す地図を、刑務所に持ち込む作戦を指揮したこともあります。1枚の地図を75片に切り分けて、1片ずつコンドームの中に隠し、仲間の女性一人ひとりに持たせたんです」
企みは途中で警備員に気づかれ失敗したが、同じような方法で武器を持ち込んだこともあった。
「手榴弾を分解して、一部分ずつ運び込みました。それを中にいるホーミーが元どおりに組み立てたんです」
ホーミーの中には高等教育を受けた者はいなかったが、それでも経理や武器の専門知識を持つなど、特技のある人間はいた。ジェシカも、手持ちの道具や薬草を使って傷の手当てをする術を身につけていた。
「撃たれた傷の手当ても、警察に知られないよう、自分たちで行ったからです。ナイフで銃弾を取り除いてから、砂糖か蜂蜜、新鮮な牛の肝臓を使って肌を修復するんです」
にわかには信じがたい方法だが、やった本人が言うのだから効くのだろう。
「MS-13の『コネーハ』」の名は、こうしてサン・ペドロ・スーラの街にいるマラスと警察機関に知れ渡るようになった。その頃、長女の父親と偶然再会し、一夜をともにし次女を妊娠するが、それも17歳の少女にとってはハプニングにすぎなかった。彼女は、赤ん坊を祖母に預け、ギャングを続ける。
「私の家族はギャング団だけ。そう思ってたんです」
たまに次女に会おうとしたが、簡単にはいかなかった。