最後には、すべての囚人をコントロールできるようになっていました」
しかもそれは囚人間だけでの話ではなく、刑務所内での正式な役職としても、「全体コーディネーター」という役を任された。
「“俺は街で最もイカしたヤツだったのだから、ムショでも同じようになるのさ”。私はそんなふうに考えていました。だから、ただ暴力的に振る舞うのでなく、刑務所内に私なりの規律を作ることにも力を注ぎました」
ギャングには珍しく、酒も麻薬も一切やらないアンジェロは、麻薬の売買を取り仕切る一方で、麻薬代わりにシンナーや接着剤を吸ってフラフラし、目上の人間に無礼な態度をとる囚人がいるのを見ると、そうしたものの売買を一切禁止した。その命令に従わない者は当然、「消される」ことになる。
こうして刑務所内は、違法行為ははびこっているものの、どこか落ち着きのある環境に維持されていた。新しい刑務所の秩序は、アンジェロによって保たれていたのだった。
話を先に進める前にここで、アンジェロが生まれて刑務所行きになるまでの19年間、1979年から1998年までのホンジュラスをはじめとする中米の国々がどんな社会状況にあったかを、簡単に説明したい。というのも、私がこの国へ取材に来た目的である国際的な若者ギャング団「マラス」の存在によって、現在極度に治安が悪化しているホンジュラスだが、同じく「マラス」の暴力にさらされている隣国グアテマラとエルサルバドル、今は平和なニカラグアと比べても、当時はずっと平穏で安定した国だった事実に触れておきたいからだ。
ホンジュラスは1982年、それまでの軍政時代に終わりを告げ、民政移管した。経済的には貧しい国だったが、アメリカの支援のもとで保守的な政治体制が維持され、社会は隣国に比べてずっと落ち着いていた。
それに対して、西隣のグアテマラでは、60年に始まった内戦の中で実権を握った軍事政権が、80年代に反体制ゲリラや民衆を激しく弾圧し、内戦状態が96年まで続いた。南西のエルサルバドルでは、80年に左派武装勢力が「ファラブンド・マルティ民族解放戦線(FMLN)」に結集し激化していった内戦が、90年代初頭まで長引き、多くの若者がアメリカへ亡命する現象も引き起こした。そうした移民たちが後にアメリカのカリフォルニア州で、「マラス」のようなラテン・ギャング団を生み出し、「祖国」に進出することとなる。また南東のニカラグアでは、79年にそれまでの右派独裁政権を「サンディニスタ民族解放戦線(FSLN)」が革命戦争で倒し、左派のサンディニスタ政権が誕生した。だが、その経済政策の失敗とアメリカによる反革命勢力支援の結果として、政情不安が続き、90年には右派が政権に返り咲いた。
言って見れば、まわりは皆、内戦と革命の嵐のただ中にいた時、ホンジュラスは貧困層の不満を抱えながらも、内戦状態にはならず、社会的安定を維持していたのだ。それは当時、東西冷戦の枠組みの中で中米の共産主義化を恐れるアメリカが、ニカラグアの革命政権を倒すために、ホンジュラスを拠点にして反革命勢力を支援していたことと、無関係ではない。アメリカの庇護(ひご)の下、ホンジュラスは善くも悪しくも、国内で戦争による大量の死者を出す国にはならなかった。しかし、そこに生きる貧困家庭の若者たちが、強盗事件を起こしては人を殺すことに慣れてしまうほど、その貧困問題の深刻さは、「平等な社会」を求める反政府ゲリラと政府軍が内戦を繰り広げた隣国のそれと、同じだった。
そんな貧困の中から生まれた「塀の中のドン」=アンジェロは、刑務所内でも、外で築いた「大物ギャングの顔」を失いはしなかった。刑務所職員に頼られ、力で囚人たちを操るために、これまで以上の緊張感に包まれた生活をしていた。それは一見、何でもないことのように見えたが、実のところ、彼の心に一つの迷いを生み出して行く。自分の生き方は、これでいいのか?
結婚して子どもをつくり育てる。漠然とだが、家族とマイホームの夢すら描いていた青年にとって、シャバ以上の緊張感を強いられる刑務所生活は、自らの人生に何らかの狂いがあることを示唆しているように思えた。その疑念は、ある人物との出会いで、ますます彼の頭に重くのしかかってくる。
「刑務所には、後に私自身がそうしていたように、囚人たちに神の教えを説く服役囚がいました。私の興味を引いた男です。彼は、ニカラグアでサンディニスタとして武器をとって戦った経験のある人でした。元革命ゲリラです。戦闘で多くの人を殺し、その時も犯罪で服役していたわけですが、それでも私たちに愛について説いていました。彼は雄弁で、その話にはとても説得力があり感銘を受けたため、私は大勢を殺した人間がなぜこんなふうになれたのか、気になり始めました」
そこでアンジェロは、この「元革命ゲリラ」の話をいつも熱心に聞いた。そこから自分の歩むべき道は何か、答えを導き出したかったからだ。
「ある時、彼の話をきいた後に、刑務所仲間が私にこう言いました。“あなたは麻薬もやらず、はっきりとした意識を持って人を殺している。それこそ地獄に落ちますよ”。それを聞いた時、私は思いました。そんな人間を許し、変えることができるのは、キリストだけなのではないか?と」
神に救いを求めることを意識し始めたアンジェロに、元ゲリラはこう告げる。
「ひとは、頭に問題を抱えているのではなく、心に抱えているのです」
つまり酒も麻薬もやらず、どんなに思考がはっきりしていても、人殺しであるという問題を解決することはできない。問題は心の奥底に潜んでいるのだから、それに気づかなければ何も変わらない、というのだ。
アンジェロはその日から、毎晩のように、自らの人生について自問自答を繰り返すようになる。
「ラテンギャング・ストーリー」4 塀の中のドン
(ジャーナリスト)
2015/04/15