それでも彼らにとっては、これが比較的実入りのいい仕事なのだ。
「これだけ稼いだよ」
と、カルロスが見せてくれたのは、ここ1時間ほどで稼いだというお金。全部で日本円にして700円近くある。当時のメキシコシティの労働者の最低日給よりも多い。「でも痛くないの?」と聞くと、「見かけほどは痛くないんだ」と言って、一時休憩に入った。
この頃から、カルロスだけでなく、この芸をやる路上暮らしの子どもや若者が増え始めた。やがて交差点だけでなく、地下鉄車両やバスの中でも見かけるようになる。日本では到底考えられないが、ガラス破片を包んだ古いTシャツなどを手に乗り込んできた子どもが、いきなり上半身裸になり、車内の床にシャツを広げてガラス破片の上に乗ってみせるのだ。メキシコシティでは、地下鉄やバスの車内で様々な物品販売や芸が行われ、それによってその日食べる分くらいの稼ぎを手にする人間が、大勢いる(実は、私も30年以上前の一時期、友人と2人で、この街の地下鉄内で歌って日銭を稼いでいたことがある)。それにしても、この「最新芸」の流行は、社会がそれまで以上に不穏な空気に包まれはじめていることを暗示しているかのようだった。
ピエドラの誘惑
そんな空気を助長したものが、もうひとつある。「ピエドラ」だ。この連載第2回で説明したように、「石」という意味を持つそれは、コカインの精製過程で出るクズを集めて作られる薬物だ。この頃から、路上の子どもたちはアクティーボだけでなく、このピエドラを使うようになっていた。小さなガラスパイプに入れて火をつけ煙を吸うと、いい知れない高揚感を味わえるという。アクティーボよりも値段が高かったが、それでも1回分のひとかけらが数百円で手に入るため、子どもたちの稼ぎでも買えるものだった。
「ごめん、今日は忙しいんだ。借金を返さなきゃならないから、働かなきゃ」
ピエドラに手を出して以来、カルロスは、会いに来た私たちにあまり取り合わなくなっていた。最初は、それがピエドラの使用に関係しているのかどうか、わからなかったが、知り合いのNGOスタッフらが子どもたちのピエドラ依存を指摘したことから、カルロスもそれを使っていることが想像された。
子どもたちのねぐらに近い露店街には、公衆トイレや水を汲める水道がある。カルロスは、そこから水浴びをするための水を運ぶ。2004年 撮影:篠田有史
ピエドラは吸っても匂いがしないため、現場を目撃しないと、尿検査などを行わない限り、この薬物を使用しているかどうか、わからない。だから私たちもなかなか気づかなかった。覚醒作用があるピエドラを使いはじめると、使用により脳も体も動きが鈍くなるアクティーボと異なり、薬の効果がある間は元気になり、切れた途端に一気に気分が沈むという周期を繰り返す。そのため、すぐにまた買い足さなければならなくなる。だから依存に陥りやすい。それがカルロスの「借金」の元凶だった。
カルロスたちは、パイプではなく、火をつけたピエドラをペットボトルに入れて、そこから出る煙を吸っていた。でも私たちがその現場を目撃することは、ほとんどなかった。ただ、もともと痩せている少年がさらに痩せ細っていくのを見て、明らかにピエドラへの依存が深まっていることが察せられた。常用すれば、食欲不振や不眠に襲われることも多く、だんだん痩せてくるからだ。
「こんな生活はやめて、施設に入ろうとは思わない? 施設に行った時は楽しかったそうじゃない」
何とか今の状況から脱してもらわなければ。そう感じた私は、路上の子どもたちを保護するNGOの施設に何度か遊びに行ったことがあるカルロスに、そんなふうに語りかけてみた。だが、少年の脳裏にはもう、施設に暮らすという選択肢は残っていないようだった。何かに急かされているかのような落ち着かない目で、
「施設は楽しかったよ。でも、ボクは何よりも自立したいんだ」
と、応じる日々が続いた。

日差しが強くなり暖かくなった昼過ぎ、カルロス(右)は仲間の少女に手伝ってもらい、久々に体をきれいにした。2004年 撮影:篠田有史