「死の聖女」
ピエドラの使用が広がりはじめた時期からしばらくして、路上の子どもたちの間で、奇異な信仰が流行り始めた。カルロスが14~5歳頃の話だ。久しぶりに顔を合わせた少年の首には、ドレスを身に纏い、大きなカマを手にしたガイコツの絵が刺繍されたお守りのようなものが下げられていた。眉間に皺を寄せてそれを覗き込む私に、「サンタ・ムエルテ(死の聖女)だよ。ボクたちを守ってくれるんだ」と、カルロスが言う。
少年は当時、もうピエドラの使用はやめていたが、相変わらずアクティーボを常用し、地下鉄駅上の広場にビニールシートで作られたテントでの生活を続けていた。そのテント内にも、サンタ・ムエルテの像が飾られ、供物まで置かれている。死を擬人化したその姿は、日本人には不気味なものだが、毎年日本のお盆のような行事を行う「死者の日」(11月1〜2日)になると、ガイコツの人形やその形をしたお菓子やパンなどをたくさん飾るメキシコでは、死自体が身近にある。サンタ・ムエルテの場合、麻薬カルテルのメンバーをはじめ、自らの行いが罪を含むものだと自覚する者たちの間で、特に厚く信仰されていた。彼女に祈りと供物を捧げていれば、赦しを得られると考えているようだった。

路上の子どもたちのねぐらにも、サンタ・ムエルテの祭壇が作られていた 撮影:篠田有史
カルロスたちも、時に警察に追い払われるなど罪人扱いされているからか、違法薬物を使っているからか、はたまた死を身近に感じているからか、サンタ・ムエルテを信仰していた。ある午後、同じ広場に暮らす少女と連れ立って、近くにあるというサンタ・ムエルテの教会へと足を運んだ。それはカルロスたちがいる地域から歩いて行ける距離にある下町の一角にあった。ごく普通の住宅のような建物だが、中に入ると教会らしくイエス・キリストや聖母マリア、天使の像も飾られた部屋に、ひときわ華やかなドレスを身に纏い、王冠を被ったサンタ・ムエルテが立っていた。その周りには信者が供えたらしい沢山の花が飾られている。そこへ、司祭を名乗る40代くらいの男性が現れ、こう説明してくれた。
「私たちは、メキシコと米国で伝統的なカトリック教会として活動しています。教皇は私たちの存在を否定されていますが、16世紀以降、ずっと民衆の間で信仰されてきたのです。ここでは神に従い、罪を告白し、隣人と平和に過ごすことを、とても大切にしています」
ここで月に2回行われるミサには、1500人を超える信者が集まるという。カルロスが、「麻薬組織のボスなんか、ここにリムジンを乗り付けて、サンタ・ムエルテに大金を捧げるんだよ」と、物知り顔をする。少年も同伴の少女も、この聖女を頼りにしているらしく、彼女の足元に跪(ひざまず)き、しっかりと祈りを捧げた。

カルロス(右端)は、仲間の少女(中央)と連れ立って、死の聖女サンタ・ムエルテの教会を訪れた。2004年 撮影:篠田有史
(連載第2回の終わりに触れた)以前撮影されたテレビレポートの映像の中では、聖母マリアの絵が入れられた銀色の額を手に取り、着ているパーカーの袖口で大切そうに磨いていた少年が、今は死神の姿をした聖女を信仰している。その変化が、私たちにはとても気になった。