カルロスが恋心を抱いていたのは、彼よりも少し年上らしい、ほかの少年や青年たちとも親しい少女だった。彼女はよく、彼らが暮らす半円形の広場を囲む数段のコンクリート階段に座って、仲間たちとのおしゃべりを楽しんでいた。そこへカルロスも加わり、彼女の肩に腕を回して話しかけるなどして、気を引こうとした。それが、彼の日課だった。
1年ぶりにメキシコシティに降り立ち、約1週間後に到着予定の篠田を待っていた私は、その日、1人でカルロスに会いにいった。いつものように笑顔で迎えてくれた少年は、アクティーボのやりすぎか、目が虚ろでまともな会話ができない状態だったが、それでも交差点で車のフロントガラスを拭く仕事を続けていた。信号が青の間は道路脇で私と雑談し、赤信号になるとまた車の前へと走っていく。
翌日、再び訪れると、なぜか態度が一変していた。声をかけても、できるだけ目を合わせないようにしながら、「今日は話せないんだ」とつぶやく。私を避けているようだ。「ちょっと散歩でもしない?」と誘っても、「今は行けない」と言う。すぐそばには、ほかの少年と話をする彼のお目当ての少女の姿があった。
わけがわからないまま、その場を離れた私は、また次の日、様子を確かめようと広場へ向かった。すると、今度は私を見つけるや否や、俯いたまま小さく一言、「帰って」と言う。今まで遭遇したことのない、この反応。私は一瞬、たじろいだ。そんな私を尻目に、カルロスは顔も上げずにただひたすら、「頼むから」を繰り返す。挙げ句の果てに、「昨日はキミが来たせいで、彼女が怒ったんだ」と言い放った。
頭が真っ白になった私は、何とか言葉を絞り出し、「じゃあ、また」とだけ言い残して、その場を去った。
誠実な犬、不誠実な女
カルロスの態度は、お目当ての少女が、誰であれ彼に会いに来る女性がいることが気に入らないと言ったことが、原因だった。彼の母親よりも年上の、しかもたまに来るだけの外国人の私がなぜ、そんな嫉妬の対象になりうるのか。まったく理解できなかったが、カルロスにとっては一大事だった。ほとぼりが冷めるのを待つしかないと、私は一旦、広場に行くのをやめることにした。
何日かが過ぎた頃に、今度は篠田と連れ立って、恐る恐る広場を訪ねた。少年の誕生日も近く、例年のように一緒に何かして祝おうと思ったからだ。このところ、彼が好きな映画を「映画館で観る」のが、定番のお祝い行事だった。地べたに座って露店の海賊版DVDの映画を観るのではなく、映画館で鑑賞する。それは路上少年にとって、めったに持てない至福の時。というのも、通常、街の映画館は、髪の毛がボサボサで服も薄汚い少年が中に入ることを、許さなかったからだ。
機嫌がなおっていなかったらどうしよう、と、不安を抱えつつも姿を探すと、そこには以前と変わらず気さくに歩み寄ってくる少年がいた。ただ、あまり元気がなく、どこか寂しげな目をしている。アクティーボのせいだろうか。
「誕生祝いに映画館へ行かない?」
そう問いかけると、少し気持ちが軽くなったのか、
「うん、行く」
と、頷く。
そこで私たちは3人で、広場から歩いて10分ほどのところにある大きな映画館へ出かけた。そして、1階入り口に貼られた上映中の映画のポスターを吟味しながら、どれを観るか、決める。バースデーボーイが「これがいい」と指さしたのは、ディズニーの動物アニメ映画だった。
篠田がチケットを買い、私はアクティーボ臭い路上少年と腕を組んで、上映スペースへと歩いていく。途中、遮ろうと映画館職員が近寄ってきたが、一言「私の連れです」と言ってニッコリすると、仕方なさそうにそのまま黙って通してくれた。
最前列に座ったカルロスは、目の前のスクリーンに映し出される大きな瞳の愛らしい動物たちに、見入った。ドラマチックな場面では、動物たちの運命に一喜一憂し、子どもが親に抱かれるようなシーンでは、「なんて可愛いんだ!」と、首を肩に沈め、目を細める。ガールフレンドの言葉に心乱されていたティーンエイジャーも、ここではまるで幼年時代にもどったかのように、動物たちに共感する時間を楽しんでいる。
上映終了後、映画館を出て、屋台で彼の好物である卵焼きとチョリソソーセージのトルタ(メキシコ風のサンドウィッチ)を食べにいこうと歩いていると、人懐っこい野良犬が私たちの足元に絡みついてきた。少年は立ち止まって屈むと、その頭を優しく撫でながら、何かを悟ったかのような口調で、こう言った。
「女は不誠実で、信用できない。犬のほうがずっと誠実だ」
どうやらガールフレンドとは、うまくいかなかったようだ。
「犬は、ボクたちを裏切らない。そして大事にすれば、いつもそばにいてくれる」

幼い頃、広場のベンチで、仲間と2人、タコスを頬張るカルロス(左)。そばにはいつも犬がいた 撮影:篠田有史