一時的と思われるが、カルテル、つまり麻薬犯罪組織の連中がその家を、溜まり場に使っているのだと言う。アランも、彼らの仲間になるよう、誘われたことがあるようだった。
「もし仲間に入ったら、私は家族を連れて、ここを出ていく。あんたは家族を失うことになるのよ、と釘を刺したの」
と、オルガ。
「ここを出ていく」という母親の言葉の裏には、麻薬犯罪組織が、これまでにも数々の犯罪行為を町で行ってきた事実があった。自分たちに土地を売ることを承諾しなかった夫婦を、白昼、路上で拉致し、ほしいものを力ずくで手に入れたこともあるという。私が町に着いた日にも、地元のネットニュースで、組織のメンバーが路上で誰かを銃撃したという事件が報じられていた。平穏に見える田舎町の社会にも、犯罪組織は潜り込んでおり、関わる相手を間違えると、とんでもない危険に晒されるという現実を突きつけられた。
麻薬犯罪組織はもちろんだが、薬物そのものの怖さをよく知るオルガにとって、犯罪と薬物という組み合わせは、人生を破滅へと向かわせる最も危険なもの以外の何物でもなかった。息子には、それをきっちりと伝える必要があったのだ。
メキシコでは、現在、「クリスタル」(メタンフェタミンの結晶)と呼ばれる覚醒剤が流行っている。コロナ禍以前は、主に米国に密輸されていたものだが、今はメキシコ国内でも安価に売られ、若者の間にその使用が広まってきた。それは一旦使い始めると、一気に依存が進む、危険な薬物だ。
「マリファナを吸う程度ならいいけれど、クリスタルに手を出したら、もう後戻りできなくなる。それだけは絶対に避けなきゃ」
母親は、真剣に息子のことを案じていた。まだ17歳の少年が、ビールを飲みながら危険薬物にまで手を出したら、人生を棒に振るだけでなく、命そのものが危うい。そのことを誰よりも理解している彼女は、今、家族を守るために必死で生きているのだと、息子の姿を目で追うオルガの横顔を見つめながら、私は強く感じていた。

オルガは、落ち着いている時も不安な時も、いつも家族のために美味しい食事をつくる 撮影:工藤律子