新型コロナ・パンデミックイヤーに、メキシコシティ北部のスラムで再会した後も、オルガは、パメーラ母娘との生活を続けていた。私は、たまにSNSでメッセージを送り、暮らしぶりを尋ねた。すると、再会からほどなく、「かなり遠くに引っ越した」という知らせが来た。引っ越し先は、メキシコシティから東南東へバスで9時間近く走ったところにある、人口4万人ほどの田舎町だという。

引っ越し先の前庭に出したテーブルで、ミラネッサ(薄く伸ばした肉で作るとんかつ)とポテトサラダ、スパゲッティの食卓を囲むオルガ(左)と子どもたち 撮影:工藤律子
「お母さん」の心配
「私はあまり賛成できなかったのだけれど、オルガが決めたことなので、子どもたちも向こうへ引っ越したわ。パメーラと一緒に」
オルガが「お母さん」と慕うモニカさんは、自分のアドバイスで簡単に決断を変えることのない「娘」に少し困った顔をしながらも、頻繁に連絡を取ることで、心を落ち着けていた。それでも、すぐに訪ねられる距離ではない場所にいる娘が、今も精神的に不安定だと感じていて、不安は拭えないようだった。
「でもリツコが言っても聞く耳を持たないようじゃあ、もう祈るしかないわね」
と、首をすくめる。それは、私がオルガとコロナ禍の2020年に再会した際、モニカさんから事前に、「子どもたちの心の安定のためにも、私が紹介した精神科医のアドバイスや服薬指導を気に留めるよう、伝えて」と頼まれ、その話題を持ち出そうとした途端、オルガに突っぱねられたことを知っているからだ。
その時のオルガは、「“お母さん”に頼まれたんでしょ!」と、小さく声を上げてから、
「薬はお金がかかるし、そんなものがなくてもやっていけているから、余計なことは言わないで」
と、不機嫌になった。それ以上、この話を続けると、彼女との対話が成り立たなくなると感じた私は、話題を変えるしかなかった。
モニカさんは、オルガ一家にそばにいて欲しかっただろう。以前から心臓に問題を抱えており、歳を重ねるたびに状態が悪くなっている中で、車で9時間も移動しなければ辿りつけない他州の町に暮らす娘に会いにいくのは、そう簡単ではないからだ。
母の心配を知ってか知らずか、オルガはその遠くの町で暮らし続けた。そこはパメーラの生まれ故郷で、いろいろなつながりがあるうえ、家賃をはじめとする物価も首都メキシコシティよりずっと安かった。中学中退の学歴しかなく、都会では、それなりの時給をもらえる仕事に就くのも難しいオルガにとって、より暮らしやすい環境だからかもしれない。
2024年、ビデオ通話の画面に映ったオルガとその子どもたちは、皆、短パンにTシャツやタンクトップ姿で、湿気を帯びたやわらかい光が差し込む自宅リビングから、篠田と私に手を振った。亜熱帯地方での暮らしはどこかのどかで、ストレスが少ないせいか、オルガも以前より肩の力が抜けているように見える。そんな母子を目にした私は、やはり直接、その暮らしぶりを確かめたいという思いに駆られた。

前庭で飼っているアヒルに餌をやるアナベレン。犬まで寄ってきた 撮影:工藤律子
意外なニュース
翌2025年の夏、あるNGOの活動で、単身メキシコへ行く機会を得た私は、長距離バスを使って、オルガたちのもとへ向かうことにした。出発の1カ月前に、SNSでオルガにそう知らせると、驚きの声とともに、
「私たちの家に迎えられるなんて、本当にうれしいわ。これで、私の孫の顔も間近に見られるわよ」
というメッセージが返ってきた。実は、この半年ほど前、たまたま送ったメッセージへの返信で、思いがけないニュースが飛び込んできたのだ。
「モニカは、出産のために今、メキシコシティの“お母さん”のところに行っている」
オルガはそう書いていた。まだ高校を出たばかりで、しかも優秀な成績で卒業し、大学へ進学すると話していた「お母さん」と同名の次女の出産話に、私たちは戸惑い、頭が疑問でいっぱいになった。いったい、どういう経緯で誰の子どもを妊娠したのか? それは望んだ結果なのか? オルガをはじめ、「カサ・ダヤ」で生活していた少女たちの身の上話を思い返すと、次女モニカの身を案じずにはいられなかった。
それでもオルガの話では、モニカは子どもが生まれて落ち着いたら、メキシコシティから家族のもとへ戻って、「祖母」になったオルガが「孫」の面倒を見るという。そうすれば、モニカは子育てをしながらでも大学へ進学できるからだ。
6月、家を訪ねると連絡した際には、モニカと赤ん坊はすでにオルガたちと生活していた。大学の授業は9月からなので、モニカはそれまでの間、ネットカフェで働いている。オルガ家では、今、子どもたちが働いて家計を支え、オルガは孫の世話と家事を担っているという。その暮らしぶりを知るために、7月下旬、私は夜行バスに乗り込み、彼らが住んでいる町を目指した。